第9話 強引な後輩の、素敵な偽装夫婦デート。②(古河琴子視点)

 私がお昼を作ったせいもあって、出かけるのが予定よりもかなり遅くなってしまった。

 約束の時間に高野崎さんが寝てたっていうのも理由の一つだから……大丈夫かな?

 

 菜穂ちゃんが玄関を開けてくれなかったら、多分まだ呼び鈴鳴らしてただろうし。

 でも、後でちゃんと教えないとだね。何言われても玄関だけは開けちゃダメだよって。

 

「すいません、古河さん」


 なんとも心もとない声で、運転しながら高野崎さんが私に話しかけてきた。

 こんな一面もあるのかと内心ほくそ笑みながら、なんですか? と強気に答える。


「僕、菜穂の服って買ったことなくて……。以前は江菜子のがどこかで購入したのを菜穂に着せてたみたいなんですが、どこで買っていたのかすら分からないんですよね」

「……別に、どこでもいいと思いますよ? あ、でも、菜穂ちゃんに思い出おもいださせるのは禁止ですからね? どうせなんですから、新しいお店行きましょうよ。高速乗って一時間ぐらいでぱーっと行ける場所とか、そんな場所がいいかも?」

「高速で一時間!? いや、それってもはや旅行――(ぐっと拳を握る)――分かりました、行きましょう。確か北の方にアウトレットがオープンしたとかニュースで見ましたから、そこに」


 あはは、拳握っただけで言うこと聞いちゃうなんて、高野崎さん可愛いなぁ。

 でもあそこのアウトレットか、アウトレットってどこも結構お値段するんだよね。

 子供服って小さいけど、大人の洋服よりも高いし。

 私一人だったら買うの躊躇ちゅうちょしちゃうけど。

 

 でも、今は二人だし、高野崎さんが出せないなら私も出してもいいし。

 菜穂ちゃんは車の中でぐっすり寝てるけど……あんなの聞いたら、この子にはもっと笑顔になって欲しいと願っちゃうよね。


『ままもびっくりした!?』


 おいかけっこして捕まえた時の菜穂ちゃんの言葉。

 あの言葉は、きっとあの子のこうあって欲しいという願いを込めた言葉なんだと思う。

 離婚なんて、本当は子供が受け入れられるはずがない出来事なんだよ。

 

 甘えたくて、一秒でもお母さんから離れたくなくて、大好きな存在なはずなのに。

 なのに、菜穂ちゃんは側にいられなかったんだ。

 抱きしめて欲しいのに、本当のお母さんには邪魔者扱いされて……。


 ううん、実際に見た訳じゃないし、もしかしたらお家では優しいお母さんだったのかもしれないけど。それだって嘘偽りの姿だったんだから、菜穂ちゃんが受けた心の傷は、多分私たちが想像しているよりも、ずっと重いはず。


 少しでも癒して欲しい、こんな小さい子が笑顔になれないなんて、そんなの嘘だよ。


「……菜穂、寝ちゃってますね。寝顔は天使って言いますけど、本当にそうだと思います」

「……そうですね、本当に可愛い。私だったら、菜穂ちゃんにはずっと笑顔でいて欲しいって思っちゃいます。それに、菜穂ちゃんが笑顔になれば、高野崎さんだって――」


 言いかけて、私は途中で言葉を止めた。

 このまま会話を続けてしまったら、ボロが出そうだったから。


「僕が、どうかした?」

「いいえ、何でも。それにしても高野崎さんの運転って、変に静かですよね」

「変に静かって、あはは、それ褒めてるのかけなしてるのか、微妙に分からないな」 


 もちろん誉め言葉だ。ブレーキの時に身体が揺れる事もないし、走り始めの時だって身体に負担がかからない。かといって遅い訳でもないし、非常に快適で、お抱え運転手さんとかいたら、こんな感じの運転なのかなって思ってしまう程に、優しい運転なのだ。


「営業をしていると、偉い人を乗せて走るからね、こういう運転に慣れちゃったんだよ。車幅間隔を広くとって、加速はゆっくりと、止まる時も最後の瞬間まで意識してブレーキペダルを踏む。当たり前のことをしてるだけなんだけど、今は一番大事な人を乗せてるから、特にね」

「――、な、何を急に」

「え? 変なこと言ったかな?」

 

 真顔で返されて、一番大事な人が私じゃないって気づく。

 それはそうだ、菜穂ちゃんの為に、高野崎さんは本社から場末の営業所への異動を希望したぐらいなのだから、命の次に大事な存在は間違いなく菜穂ちゃんなのだ。

 

 私のはずがないじゃんって、頬に感じる熱を知りながら。

 私は「別に」とだけ、そっぽを向きながら返した。


 勘違いしちゃって、なんだか恥ずかしい。

 でも、自分のこの気持ちを大事にしたいとも思う。

 私の目的のために、この感情は絶対に必要不可欠なのだから。



「うはー! なほ、ぜんぶかあいいねぇー!」

「でも、これだとちょっと小さいかも。菜穂ちゃんすぐに大きくなるだろうから、もうワンサイズ大きいの買いましょうか」

「なほ、おおきいのしゅきー!」


 アウトレットに到着した私達は、ガイドマップを頼りに子供服専門店へと足を運んだ。

 子供の服、しかも女の子の服って、どうしてこうも可愛いのばかりなのだろう?

 私が子供だったら着てみたかったなってぐらいに、可愛いのが沢山だ。


 肩にスリットが入ったシャツとか、ダメージジーンズの子供版とか。

 うう、私が子供の時はこんなの無かったよ……ていうか、買ってもらえないかな、私じゃ。


「うん、本当に菜穂に合う服ばかりだね。いやぁ親バカかもしれないけど、本当に菜穂が一番可愛く見える。あ、これなんてどうかな? それよりもこのワンピースみたいのとか? ああ、でもこれじゃあ色々と見えちゃうそうだから、菜穂にはちょっと危険かな?」

「大丈夫ですよ、下に見えない用のスパッツ穿けば問題なしです。あ、高野崎さん、着ぐるみみたいの高野崎さん選んでますけど、これ実用性皆無ですから。絶対買わない方がいいです。最近は朝晩が寒くて昼は暑いですから……そうですね、これとか大量にあっても良いと思いますよ?」


 そういって、私は無難なTシャツを数枚選び、高野崎さんに手渡した。

 高野崎さんが選ぶのはキャラクターが着る様な、ごてごてに装飾が施された洋服が多い。

 毎日がドレスじゃ、菜穂ちゃんも疲れちゃうよ? 


「結構、地味な感じしない?」

「可愛い子は、何を着ても可愛いんです。ほら、可愛くありませんか?」

「可愛いけど……でもほら、この洋服の方がフリル袖で、なんていうか」

「そういうのって汗かくと痒くなったりするんですよ、ですから、普通のにしときましょ」

「痒く、それはダメだ。菜穂に湿疹とかできたら可哀想です」


 本当に、菜穂ちゃんが絡むと高野崎さんって、なんていうか子供みたいになっちゃうんだね。

 私が言う事に全部正直に従ってくれて、まるで私が高野崎さんの上司みたいじゃない。

 会社で見せてくれる顔とはまた違う、お父さんの顔……なんだろうな。


 それにきっと、夫の顔も、高野崎さんは持っているに違いない。

 見てみたいなぁって……心のどこかが疼く。



 菜穂ちゃんの洋服を両手いっぱいの紙袋になってしまう程に購入した私達は、その足でちょっと休憩しましょうとフードコートへと足を運んだ。

 

 どこかのお店でも良かったんだけど、さすがにこの大荷物じゃね。

 コインロッカーを探すのも大変だし、車まで戻るのも現実的じゃない。


 さすがアウトレット、フードコートの賑わいも想像以上だ。

 二人で席を探して、ようやく見つけ出した空席に飛び込むように座り込むと、二人してはぁと息を吐いた。


「僕、こういうお店ってあまり来たことが無かったんですよね、まさかこんなに混んでるとは思いもしませんでした」

「え、そうなんですか? それじゃあ……初体験ですね。どうですか? 土曜日のアウトレットを体験してみた感想は?」

「感想というと、やっぱり疲れた~って感じですかね……。ああ、つまらないとかじゃないですよ? 人混みとか、昔からあまり好んで行かなかったものでして、無意識に避けてたのかなって。でも、菜穂もこんなに笑顔になってますし、来て良かったなって思います」


 お出かけは、やっぱり楽しいものだ。

 それが大好きな人とならば、その楽しいは倍以上のものになる。

 いまは菜穂ちゃんと一緒だから楽しいのだろうけど、いつかは。


「お? なんだ珍しい組み合わせじゃないか、俊介と……古河さんか?」


 三人でくつろいでいた所に声を掛けてきた人物、普段はスーツ姿しか見なかったけど、この人こういう私服を着るんだって驚いた。アロハシャツにホットインナーの重ね着、下も派手な柄のハーフパンツに、やっぱりホットインナーの重ね着だ。


 アロハシャツとハーフパンツを脱いだら、黒いタイツ姿になりそうな服装の男性。

 野芽健二、高野崎さんが来る前にも営業支援で来てた優秀な人らしいんだけど。


「あれ? 健二か? お前こそどうしてこんな所に」

「こんな所、デート以外で来ないだろ。ほれ、向こうの席に座ってる髪の短いの見えるだろ? あれが今日の連れだよ」


 今日の連れって言葉が妙にひっかるけど、まぁ別にこの人が何をしてようが関係ない。 


 どうにも私はこの人の事を好きになれない、なんだか軽い感じだし、何を考えているのか分からないし。というか、見られるとも思っていなかったから……どうしようかな? とも考えたけど、別に社内で噂になるのも、私としては好都合かな。


「そっかそっか、俊介も手が早いな。やっぱり恋の傷は恋で癒すのが一番だよな」

「いや、古河さんは菜穂の洋服を選んでくれただけだから。僕一人だと色々と分からなくてさ」

「お? そうなのか? ……そうなの?」


 なんで私に質問を飛ばしてくるのかな。

 このまま適当に話を合わせて立ち去ってくれればいいのに。 


「そうなんじゃないんですか? 私は何でもいいですけど。それよりも高野崎さん、もう十分休みましたし、次のお店に行きましょうか」

「……え? 次のお店? もう沢山買ったけど」

「何を言ってるんですか、高野崎さんが着てる服も、全部刷新するのが今日の目的なんですからね!」


 前の人との思い出なんか、霞にも残さないんだから。

 そうじゃないと、私の目的は達成できない。

 全ては、高野崎さんの為……だから、きっと最後は笑ってくれるはずよね。

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