第5話 眼福でござった

 俺はここぞとばかりにスカートの奥の普段見えてはいけない部分を凝視する。目も血走っていたかも知れない。古典漫画的な表現みたいに鼻血は勿論出なかったけれど、この状況でそれを見ないと言う勿体ない真似は出来なかった。もしかしたらこんな状況って今後二度とないかも知れんし。


 膝を折って開脚しているスカートの奥から見えている下半身を包み込む下着の色は薄いブルー。二次元ではそれ系の作品で見る事はあったものの、3次元のナマでしっかり見るのはこれが初めてだ。ああ、何て魅惑的なのだろう。これを表現する言葉はすぐに思い浮かばない。もう眼福と言う他ない。有難や有難や~。

 もうここで手を合わせて拝みた倒したい気持ちで一杯になっていたものの、心の何処かで冷静にならねばと言う気持ちも浮かんでいた。ずっと眺めていいものではないと言う事だけは理解していたからだ。


 あれ? でもいつまでなら見ていていんだ? もうそろそろ目をそらすべきなのでは? 大体、無許可で見ているんだぞこれ。でもなー。怒られるギリギリまで見ないとやっぱ勿体ないよなー。

 俺の葛藤、この間多分0.5秒くらい。そして、怒られる前に視線をそらすと言う高等テクニックを俺が駆使出来るはずもなかった。だって思春期だもん。お年頃なんだもん。


 転倒のダメージから回復した彼女はすぐに立ち上がり、鼻の下を伸ばして呆けていた俺の顔に思いっきりビンタをかます。


「ぶへっ!」

「さいってい!」


 鬼の形相をした女子はそのまま去っていく。俺はその後姿を見ながらあんぐりと口を開けていた。ビンタの痛みで正気に戻ったものの、顔も好みだったので余計に下着の記憶が強烈に記憶に刻み込まれる。いやはや、とてもいいものを見させていただきました。

 俺は思わず後ろ姿に手を合わす。滅多に見られないものをタダで見させていただいたのだから、これくらいはしなくちゃバチが当たるってもんだ。


 彼女の姿が見えなくなってから冷静になると、途端に自分のした行為が怖くなってくる。あんなに分かりやすくマジマジと見ちゃったし、もしかして通報とかされちゃうんだろうか。ヤバイよ。ヤバイヨヤバイヨ……。

 俺は最悪の想定までして震えながら帰宅する。どうかこれで前科とか付きませんように。


 翌日、何事もなく朝を迎えられた事に俺は安堵して大きく息を吐き出した。昨日の事は忘れよう。何もなかった。女子のパンツを見た事実はなかったんだよ。俺の記憶の中にしか……。あの女子ともう会う事はないんだ。

 俺は昨日出会った女子がクラスメイトとかじゃなかった事にヒドく安心する。もし地元の女子とトラブっていたら、怖くて学校に登校する事も出来なかっただろう。そうでないから、ラッキーな記憶が残るだけ。うん、良かった良かった。


 気持ちをリセットして登校すると、俺の隣の席に新しい机と椅子が追加されていた。どうやら転校生が来るらしい。しかも隣の席にその転校生が座るのだ。新しく越して来た――転校生――俺に頭の中でベタベタな妄想が広がっていく。


「あはは、まさかな」


 クラスの話題もこの転校生の事で持ちきりだ。ベタな展開だと情報通の生徒が詳しい情報を持ってきて詳細な情報が知れ渡ったりするけれど、生憎ウチのクラスメイトにそう言う便利キャラは存在していない。なので、いかついムキムキが来るだとか、とんでもない美少女が来るだとか、いやチー牛だとか、メンヘラだとか、情報が錯綜しまくっている。

 勿論どの説もただの妄想だろう。俺は何も期待せず、新しく来る隣人とトラブルにならない事だけを願っていた。こう言うのは何も考えない方がダメージは小さいのだ。


 やがてチャイムが鳴り、机に突っ伏していた俺も顔を上げる。さて、転校生の顔でも拝んでやるか。

 教室のドアが開いて先生と共に入ってきた新しいクラスメイトは、昨日目に焼き付けたパンツの持ち主だった。嘘……だろ……?


「彼女の名前はみやじまマイさんだ。今日から同じクラスで学ぶ事になる。みんな、よろしくな」

「えと、宮児嶋マイです。両親の仕事で舞鷹市に越してきました。私も名前がマイなので勝手に親近感を覚えています。今日からよろしくお願いします」


 何このベタ展開。嫌な予感しかしないぞ。どうか俺の顔を覚えていませんように……。すぐに俺は顔を見られないように机に突っ伏した。どうか昨日の事がバレませんようにと願いながら。

 俺が気配を消して無になっていると、先生が彼女の座る席の説明を始めた。


「君の席はあの後ろの空いている席だけど、視力とか大丈夫かな?」

「あ、大丈夫です」


 そうして、足音が近付いて俺の隣の席に座る音が聞こえた。


「あ、よろしくです」

「ドモ……」


 俺は出来るだけ悟られないように無機的な声で返事を返した。けれど、それがまずかったのかも知れない。不信感を抱かれてしまったようなのだ。


「あれ? もしかしてあなた……昨日会ってない?」

「……」


 こう言う場合は無視だ、無視に限る。けれど、ここは教室。不審な行動を取れば絶対に周りが反応するのだ。このやり取りに動いたのは彼女の前の席に座っていたサトシだ。うう、何でアイツがその席に座ってんだよお……。


「宮児島さん、ハルトと知り合いなの?」

「ハルト?」

「こいつの名前。吉川ハルトって言うんだ」

「ふぅん……」


 サトシ、余計な入れ知恵をするんじゃねえ! と、そんな事が言える訳もなく、俺は狸寝入りを続ける。いつまでも誤魔化せないとは思っていたものの、せめて今だけは俺が昨日のセクハラ男子だとは気付かれたくなかった。


「ハルトくんさあ、昨日私のパンツを見たでしょ」

「や! あれは……」


 俺はマイの一言のガバリと起き上がる。そして思いきっきりクラスの注目を浴びてしまった。その後は無数のクラスメイトの視線が一気に突き刺さっる。針のむしろってこう言うのを言うんだなあ……。


「何ぃ!」

「羨ましすぎんだろ」

「どんなだったんだよ!」

「うわあ……」

「引くわあ」

「最低!」


 予想通りの展開になって俺は頭の中が真っ白になる。男子からは好奇の目で見られるわ、女子からは軽蔑の目で見られるわ……これが罪の代償かよぉ。

 そして、この降って湧いたようなざわめきは先生が止めるまで続いた。


「ハルト、お前何やらかしたんだ?」

「イヤイヤ、事故事故! 不幸な事故だよ! 俺何もしてないっスから」

「そうよね~。ぶつかって倒れただけだもんね~」

「う、うん……」


 その後、俺は彼女と一緒に先生に呼ばれて昨日の経緯を詳しく話す羽目になった。いかがわしい事はしていない事は何とか理解してもらえ、そう言うシチュエーションでは下着は見るものじゃないと諭された。理性では分かってるっちゅーの。

 お説教から開放されて廊下に出たところで、マイは俺の顔を覗き込む。


「ちゃんと反省した?」

「昨日は……その、ごめん」

「じゃあ今回は許す。もうああ言うのは止めてよね」


 そうやって話しかけてきた顔からは、怒りのオーラは感じられない。どうやら彼女の機嫌も直ったらしい。さて、これからどうしよう。彼女は隣の席でこれから嫌でも毎日顔を合わす事になるのだし、ここでもっと印象を良くしておいた方がいいのかも知れない。



 そうだ、学校を案内しよう

 https://kakuyomu.jp/works/16817330648988682894/episodes/16817330648992804407

 ほとぼりが冷めるまで関わらない

 https://kakuyomu.jp/works/16817330648988682894/episodes/16817330648992889520

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