第5話 まさかの転校生

「大丈夫? 立てる?」


 俺はすぐに立ち上がって女子に向かって手を差し出す。パンツなんて見ていない風な素振りをして。どうやらこの工作は上手く行ったらしく、女子は素直に俺の手を取ってくれた。


「あ、ありがと……」

「本当、ごめんね」


 俺はぶつかった事を謝ってクールに去る予定だった。けれど、そこで女子から声がかかってくる。


「あの、すみません」

「え?」


 俺は今度こそパンツを見てしまったのがバレたのかと体が固まる。彼女からの次の言葉が発せられるまで俺の足は動かなくなった。逃げたら更に怪しまれるだろうし、もうまな板の上の鯉だ。

 俺は恐る恐る振り向いて彼女の顔を見る。この時の俺はどう言う表情をしていただろう。きっと顔面蒼白だったろうな。


「良かったら、近くの駅まで案内してくれませんか? 私、越して来たばかりで迷っちゃって……」

「あ、あー。そのくらいなら」


 どうやら俺の心配は取越苦労だったようだ。ほっと胸をなでおろして、俺は女子に道案内をする。最初こそお互いに無口だったものの、段々とこの沈黙に耐えられなくなってきた。


「いつ越してきたの?」

「昨日です。この街の事を知ろうと色々歩いてたら道が分からなくなっちゃって。まだ部屋に荷物がダンボールに入ったままなのに……」

「そりゃ大変だ。駅から先は大丈夫?」

「駅まで着ければそこからは覚えてます」


 他愛のない雑談は駅に着くまで続き、俺は地元の美味しいお店とか観光スポットなんかをPRする。越して来た以上はこの街を好きになってもらわないとね。彼女の方も話を素直に聞いてくれて、何となくいい感じだ。

 趣味とか聞いて話が合ったらもっと会話も弾むのだろうけど、流石に初対面の人にそこまで踏み込む勇気は俺にはない。気が付くと見覚えのある駅舎が見えてきた。


「あ、もうここでいいです。有難うございました。えっと……」

「あ、俺は吉川ハルト」

「ハルトさん、送ってくれて有難うございます。それでは」

「あっ……」


 彼女は軽く会釈すると、すぐに駅に向かって軽い足取りで走り去っていく。その後姿を眺めながら、俺は自分だけが自己紹介しただけのこの展開に少しだけ不満を覚えた。


「君の名は? って言えたら聞けたのかな……」


 ただ、これから長い付き合いをするならともく、もう二度と会えない関係で名前だけ知っても仕方がない。俺はすぐに未練をリセットして自宅への帰宅ルートに戻った。記憶の片隅にあるリアル女子のパンツをたまに反芻しながら。


 翌朝登校すると、俺の隣の席に新しい机と椅子が追加されていた。どうやら転校生が来るらしい。しかも隣の席にその転校生が座るのだ。新しく越して来た――転校生――俺に頭の中でベタベタな妄想が広がっていく。


「あはは、まさかね」


 クラスの話題も転校生の事で持ちきりだ。ベタな展開だと情報通の生徒が詳しい情報を持ってきて詳細な情報が知れ渡ったりするけれど、生憎ウチのクラスメイトにそう言う便利キャラは存在していない。なので、いかついムキムキが来るだとか、とんでもない美少女が来るだとか、いやチー牛だとか、メンヘラだとか、情報が錯綜しまくっている。

 勿論どの説もただの妄想だろう。俺は何も期待せず、新しく来る隣人とトラブルにならない事だけを願っていた。こう言うのは何も考えない方がダメージは小さいのだ。


 やがてチャイムが鳴り、机に突っ伏していた俺も顔を上げる。さて、転校生の顔でも拝んでやるか。

 教室のドアが開いて先生と共に入ってきた新しいクラスメイトは、昨日目に焼き付けたパンツの持ち主だった。


「彼女の名前はみやじまマイさんだ。今日から同じクラスで学ぶ事になる。みんな、よろしくな」

「えと、宮児嶋マイです。両親の仕事で舞鷹市に越してきました。私も名前がマイなので勝手に親近感を覚えています。今日からよろしくお願いします」


 何このベタ展開。いきなりラブコメの神様が降臨しちゃったぞ。みんなの前で話す彼女はひときわ輝いていて、見た目だけでも女子のトップに君臨してもおかしくないレベルだった。

 昨日は初対面だったのと後ろめたい気持ちがあってあんまりまともに顔を見ていなかったのだけど、よく見るとアイドルにも負けないくらい可愛い。


 俺が驚いて目を見開いていると、彼女も俺に気付いたようだ。多分、自分の席を確認したついでに認識したのだろう。マイは少し驚いたような表情を浮かべ、軽く頭を下げる。


「君の席はあの後ろの空いている席だけど、視力とか大丈夫かな?」

「あ、大丈夫です」


 彼女はニコニコ笑顔で俺の席の隣に座る。そして俺に顔を向けると改めてペコリと頭を下げた。


「ハルトさん……でしたよね? まさか同じクラスになるなんて奇跡みたいですね」

「うん。よろしく」


 その後は、既に知り合っていたと言う事もあって学校案内をする流れにもなった。こう言うのは女子の友達とした方がいいんだろうなと思いつつ、ご指名だから仕方ないと自分に言い聞かせる。


「……で、ここが保健室。でも先生はいない事が多いから勝手に入って眠ってる人も多いよ。宮児嶋さんもしんどかったら勝手に寝ちゃっていいから」

「なるど、勉強になります先輩!」

「いや、同じクラスじゃん」

「いえ、クラスで私はまだまだ新人ですから!」


 どうやら彼女は少し面白い性格のようだ。少女漫画とかなら「オモシレーヤツ」とかそう言う反応をするべきなのだろうか。まぁ、そんなリアクションをするノリは無理だけど。

 休み時間ごとに案内をしていたので、放課後までには大体の場所を回る事が出来た。最後はお約束の屋上だ。学校によっては鍵がかかっている事も多いらしい屋上。ウチの学校は一応開放されている。我が校の自慢のひとつだ。


「私、学校の屋上って初めて!」

「屋上に行けない学校って多いらしいよね」

「そーなのよ。こんないい場所を開放しないだなんて勿体ないよね!」


 屋上から見下ろす校庭、街の様子。吹き抜ける風の感触。見上げると青い空。ロケーションは最高だ。屋上に行けるとは言え、実はあまりその事は知られていない。なので、今日の放課後の屋上には俺達しかいなかった。意識したら顔が熱くなってくる。


「こんな絶景スポットまで案内してくれて有難う。私、ハルトくんがクラスにいてくれて良かった」

「少しは役に立ったかな」

「立った立った! これからも仲良くしてね!」


 彼女の笑顔に俺は心を奪われる。と、同時に今後は俺のようなヤツがどんどん増えていくんだろうなと言う予感も感じていた。それと、親密なのはきっと今の内だけなんだろうなとも――。


 彼女と仲良くなってから、穏やかに日々が過ぎていく。初日こそマイは女子グループの中に馴染めていなかったものの、翌日からは積極的に話しかけていた。気が付くといつの間にかグループの中心になっていて、俺と話す機会もぐんと減ってしまう。

 そんな訳で彼女との心の距離はあまり縮まらない中、放課後に帰ろうとしたところでいきなり呼び止められた。


「ねえ、良かったらカラオケに行かない? みんな行くみたい」


 キキキ、キター! 青春のお約束、放課後カラオケ! 実は俺はこの手のお誘いは今までずっと断ってきた。それは自分の歌唱力に自信がないからだ。

 でも今回は、マイからのお誘いだ。これは、もっと彼女と親密になれるチャンスかも知れない。当然、俺の心は揺れに揺れる。



 そりゃ行くよな

 https://kakuyomu.jp/works/16817330648988682894/episodes/16817330648992463480

 やっぱ行かねえ

 https://kakuyomu.jp/works/16817330648988682894/episodes/16817330648992559844

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