第6話 猫カフェデート

 考えに考え、悩みに悩んだ末に、俺はひとつの結論を導き出す。それは、約束された楽園を敢えて選ばないと言う残酷なものだ。ただ、失望されるリスクを回避すると言う安全パイを取ったとも言える。焦らなくていい。今はまだボロを見せる訳にはいかない。そう、俺は慎重派なのだ。

 マイは俺の答えを待っていた。きっとかなり待たせただろう。だから結論を口にしなくちゃいけない。これ以上待たせる訳にはいかないのだ。


「あのさ、ごめん。行けない」

「何か用事があるの?」

「い、いや……。えっと……」


 理由まで考えていなかった俺は頭の中が真っ白になってしまう。ああ、理由だ。歌が下手だから? 彼女の前で無様な姿を見せたくないから? ダメだ。そんな本音、言える訳がない。そんな恥ずかしい事。

 マイは不思議そうな顔で返事を待っている。焦った俺は咄嗟に適当な言い訳を口にした。もう何とでもなれーっ!


「俺、歌うより猫が好きなんだ。だから、行くならカラオケより猫カフェかなーって……」

「そうなの?! じゃあ私も行こっかな」

「?!」


 ここで驚きの急展開キタ! え? カラオケ行かないの? 猫カフェ行っていいの? 猫カフェルートは俺と2人だよ。あ、でも今度はカラオケ仲間を全員連れてくるのかも。そうだよな。猫好きはクラスにもたくさんいるだろうし。

 俺は早くなる鼓動をどうにか抑えて、頑張って平静を装ってマイの方に顔を向ける。


「いいよ。行こうよ」

「じゃあみんなに行けないって言いに行くね。ちょっと待ってて」

「え? あ、うん」


 予想外の返事が返ってきて俺は固まる。みんなと一緒に行くルートじゃないの? マジで2人きりなの? 俺が固まっていいる内に彼女はカラオケグループにペコリと頭を下げ、1人だけ戻ってきた。カラオケグループはぞろぞろと教室を出ていく。あ、いいんだ。この展開で。

 俺は、この選択がまさかの大正解を導き出した事がまだ信じられなかった。


「じゃあ、行こっか」

「あ、うん」


 越して日が経ったとは言え、やはり街については俺の方が詳しい。やはりと言うか、予想通りと言うか、マイは猫カフェの場所を知らなかった。


「この街にも猫カフェがあるんだね」

「1軒だけどね。他にもあったんだけど閉店しちゃったんだ」

「そうなんだ。猫かわいいのにね~」


 俺達は猫カフェに着くまで猫談義を交わした。俺はネットの猫動画を集めるくらいだけど、彼女は猫の写真集を買うくらいの猫好きで、猫を飼いたいらしい。


「私、一人暮らしをするようになったら絶対猫を飼えるところに住むんだ」

「いいじゃん。どんな猫が好きなの?」

「猫なら何でもいいよ。だから保護猫を飼いたいって思ってる」

「優しいんだね」


 猫話に花が咲きまくっている内に、目的地の猫カフェに到着。田舎の猫カフェではあるけれど、この街唯一の猫カフェだけあって先客も5~6人くらいいた。内装もかわいくていい雰囲気だ。カフェ内の猫は10匹くらいかな。もうちょっといるかも知れない。猫の種類も様々で性格もバラバラだ。積極的にお客さんに寄ってくる人懐こいのもいれば、全く我関せずの自由なやつもいる。

 この猫パラダイスを目にしたマイは、テンションが上ったのか目をひときわキラキラと輝かせる。


「すっごーい! 猫ちゃん天国だね!」

「じゃ、行こっか」


 俺達はそのまま猫達と戯れた。俺の周りに猫は来ないのに、彼女の周りには常に2~3匹の猫がいる。猫に好かれる性格とか雰囲気とかあるんだろうな。

 俺が少し羨ましがっていると、マイは黒猫を抱き上げて俺に渡してくれた。


「ハルトくんにも構ったげてね~」

「あ、ありがと……」


 俺のもとに来た黒猫は嫌がる風でもなく、俺に撫でられるがままになっている。その内にむにゃりと眠り始めた。かわいい。ああ、幸せすぎるよ~。俺が顔をとろけさせていると、彼女の顔が突然視界に入ってきた。


「ハルトくんも猫、相当好きじゃん。ここにはよく来るの?」

「つ、月に一回くらい?」

「え~。もっと来ようよ。私も来たいしさ」

「そ、そだね」


 猫カフェは時間制だ。45分後、十分に堪能した俺達は後ろ髪を引かれる思いでカフェを後にする。商店街を抜けたらこの日はもうお別れだ。

 別れ際、舞は俺に向かっていたずらっぽく微笑む。


「また行こうね。一緒に」

「そ、そだね」


 こうして、俺達は週一くらいで猫カフェを楽しむ猫カフェ友達になった。同じ猫好き仲間と言う事で、心の距離も少しずつ縮まっていく。お互いの趣味の話とか家庭問題、悩み事なんかも話すようになった。勿論連絡先は交換済みだ。

 まだ仲のいい友達段階だけど、このまま好感度を上げていけばいつかもしかしたらあるかも知れない! そんな妄想が俺の中で広がっていくのに時間はかからなかった。


 そんなある日の放課後、マイがいつものように俺に向かって話しかけてきた。隣の席であるが故の役得。今日はどんな話かな。昨日は食べたいお菓子の話で、一昨日はハマってるドラマの話だったっけ。


「ハルトくん、ちょっといい?」

「何?」

「私、昼休みに隣のクラスの男子に告白されちゃった……全然知らない人なんだけど。どうしたらいいかな?」

「マジで?」


 ヤバい。俺がトロトロしている間に恐れていた展開が来てしまった。これはどう答えたらいいんだ? 俺と彼女はまだ友達でしかない。それを考慮に入れて答えないといけないぞ。

 この場合、何が正解なんだ? どうしたらいいんだーっ!



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