2-32話。『天空の理想郷』(アドルフ視点)
「──あぁっ!」
──肺が焼け、息が出来ずに俺は藻掻き苦しむ。ドラゴンの吐いた炎は一瞬にして、俺を包んでいく。それでも、俺の身体は大丈夫だ『透過』のお陰で身体が焼けることは無い。そう、身体は。
ドラゴンの炎は辺りの空気を尋常ではない温度まで熱している。今の俺はまるで蒸し焼きにでもされているような地獄を味わっていた。
熱せられた空気を俺の肺が取り込んでしまい、身体の中から俺を焼こうとしてくる。俺は気が狂いそうになる程の熱さの中から逃げる為、地面へと逃げた。そして、『復元』のラベルを自身の身体に貼る。
「──はぁ! 死ぬかと思った!」
身体の痛みが引いていくので安心して空まで戻る。あんな炎、ラベルが無ければ即死だ。とても皆のところまで行かせるわけにはいかない。
それに、どうもエステルの目的は俺のようだ。なら、俺がなんとかしないと。
「──『死』ね! 『死』ね!」
二枚続けて『マジックラベル』を飛ばしてみる。一枚が鱗に当たっても、後ろの一枚が直撃すると睨んだ攻撃だ。しかし、普通に旋回で避けられてしまった。くそ、巨体の割に動きが素早い!
更に、それだけではない。巨体が回避した行動で辺りに風が吹き荒れる。こいつは動くだけで暴力的なまでの力を持っていた。
風が肌に当たり、裂傷が走る。『透過』しながら空を動く為に空気は抜けないようにしていたことが仇になった。このままでは全身がズタボロにされてしまう。
「くそっ、ここにもう一人誰かいれば……」
俺一人では扱える手数に限度がある。今のままではこいつに致命傷が与えられそうにない。それに……光が一発しか見えなかったのが気になる。今、街の方はどうなっているのだろうか?
ドラゴンが俺を挑発するように上空を旋回している。それが、「さあ、続きをやりましょう?」と言っているかのように見えた。
「アドルフ、頼むぞ……」
俺は親友の名前を呼びながら、空へと舞い戻るのだった。
☆☆☆
「はぁっ、はぁっ、くうぅっ!」
魔物の集団を正面に見据え、アドルフは息を整えていた。一度エクスカリバーを撃った後、アドルフは少しの間気を失っていた。だが、家族のことを思い出し、気力で立ち上がったのだ。
「リッドの奴、なんてもん持たせやがる……さあ、二発目、行こうか」
一度目で体力がほとんど無いはずのアドルフは二本目の『エクスカリバー』を掲げる。その目には、狂気の光が宿っていた。それは、ここで死んでもいいと思った人が宿す光。
「ぬぅううう!!! 『エクスカリバー』!!!」
巨体が剣を振り降ろし、光を巻き起こす。それは魔物の集団の一部を掻き消していく。だが、大勢を決する程ではない。アドルフの体力は底を尽き、膝をつく。だが、まだ意識を無くしていない。一度目とは違い、舌を噛み意識を保つ。
彼に残っているものは、気力だけだった。その気力を振り絞る為、緩慢な動きで立ち上がり、震える手で剣を持ち、上段に構えて剣の自重だけで振り降ろす。
「『えくす、かりばー』……」
もう口もまともに動かない、アドルフの最後の一撃となったその光は魔物の群れを掠める。もう、狙いもまともに定まらない。最後の力を使い切ったアドルフはその場に倒れ込んでしまった。
「エメラルダ……アトラ……すまない」
最後に家族の名前を呟き、死を覚悟しながら目を瞑るアドルフ。もう動かなくなってしまった彼に魔物の群れが襲い掛かろうとしていた。
「──Giuaa!」
魔物の声がアドルフの耳に届く、そしてその牙が届こうとした、その時だった。
──ガキィン!!! と盾で魔物の牙を弾く音。その音に、アドルフは弾かれたように目を開いた。
──そして、アドルフは見る。その勇ましい背中を。
「大丈夫ですか! アドルフさん!」
魔物の正面に立つのは、『天空の理想郷』のリーダー、ラインハルト。彼は盾と槍を持ち、魔物の集団と向かい合う。
ラインハルトは皆よりも一足早く先陣を切っていた。それは、魔物の集団と向かい合うアドルフの姿を見たからだ。
「ライン、ハルト……なのか?」
「はい、そうです! 待っててください、すぐに助けが──フッ! 来ますから!」
ラインハルトは話ながら相対する魔物の頭を貫きながら、アドルフと会話を続ける。それは、歴戦の戦士とも言える見事な手捌きだった。
「──させるか!」
そのままアドルフに襲い掛かろうとしていたもう一匹の魔物を槍で突き刺したところ、後ろから襲われそうになる。流石に一人では多数の魔物相手に限度がある。だが、ラインハルトは今回一人ではない。
「──ファイアーウォール!」
女性の声が聞こえるのと共に、炎の壁がラインハルトの後ろに立ち上がり、襲い掛かる魔物を消し炭にしていく。そして、炎が消えた後に呆れた女性の声が聞こえてきた。
「ちょっと……はぁ、ハルト……先に行かないでよ……」
ジェシカが息を切らせてハルトに追いついていた。そんなジェシカに「ごめんごめん。だってアドルフさんのピンチだったからさ」と笑いながらハルトはそのまま二匹三匹と魔物を屠っていく。
「くっそぅ、あのおっさん。ドラゴンなんて一番でかいのの相手しやがって!」
「あっ、おい! シータ、無茶するなよ……ったく、あの馬鹿!」
シータが苛立ち紛れに魔物の群れの中へと突っ込んでいくので、ラルフは頭を抱え、アドルフの元へと駆け寄る。
「大丈夫ですか、アドルフさん」
シータが魔物の群れの中で大立ち回りをしているのを横目で見ながらラルフはアドルフに声を掛けた。
「お前等、どうしてこんな前線まで……」
アドルフは戸惑った声を上げる。『天空の理想郷』はこの街最強のギルド。本来なら最終防衛線に回されるはずの存在だ。それなのに、何故ここにいるのかアドルフは疑問に思っていた。
「それはねぇ、私達の台詞よ! ──ファイアーボール! もう引退したロートルが何出しゃばってんのよ!」
ジェシカも負けじと魔法を撃ちながら、アドルフに説教をする。痛いところを突かれたとアドルフは顔を顰めた。
「こういうのは私達の仕事なの。だからおっさんはさっさとすっこんでなさい!」
「ジェシカ、君、素が出てるよ?」
「うるさい、ハルトはもっと前に行きなさい! 私がカバーをしてあげてるんだから、シータの馬鹿に負けるんじゃない!」
「……善処します」
そう言って、ハルトも魔物の群れの中に飛び込んで行く。撃ち漏らした魔物はラルフが風の魔法で刈り取っていく。
これが『天空の理想郷』の最強の四人。一人一人での戦闘能力ではS級には届かない。だが、コンビネーションだと、それに迫る力を秘めていた。
「──ファイアーウォール! あ、そうだ。アドルフ、一ついい?」
「なんだ……?」
ジェシカが何かを思いついたように、アドルフに声を掛ける。そして、この場に似合わぬとんでもないことを言ってきた。
「この間はシータが暴れてごめんなさい。今回のこれで、シータが店を壊したの弁償ってことに出来ないかしら?」
ジェシカはまだ『アトラ・リット』にシータが暴れた件について謝罪を行っていなかった。その謝罪をこんなタイミングで言うジェシカに、アドルフは腹の底から大笑いをするしかないのだった。
☆☆☆
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