第一章Epilogue~二人の門出~

 俺とアメリは、ハルトとジェシカを街へと送り届けた後、『アトラ・リット』へと向かった。今回の事件の顛末を、カミラに伝えようと思ったからだ。


 ハルトからは「礼をしたいので、明日またギルドに来て欲しい」と言われている。友達同士なのに律儀な奴だ。と思いながら頷いた。行かないとハルトの奴、気に病むからな。まったく、困った友人だ。


『アトラ・リット』では相変わらず、大騒ぎをしている。俺とアメリは中に入ってこの前と同じ席へと座った。


「よぉ、お二人さん。シータの奴から聞いたぜ、大活躍だったんだってな。で、今日は何を頼む?」


 俺が席に着くと珍しく、アドルフが注文を取りに来た。……カミラはどこに行ったんだろう?


「今日はアメリが奢ってくれるんだろ? 何を食べるんだ?」


「この前と同じ奴で!」


 俺はアメリの言葉に頷き、この前と同じ注文をする。アドルフは紙に書き記した後、厨房へと戻っていった。


「カミラさんどうしたんですかね?」


「やっぱりアメリもそう思うか?」


 カミラが魔法で『アトラ・リット』を壊してからというもの、その弁償として給仕をするようになって、今まで来た中で一度も見なかった事はない。来るたびに俺の注文はカミラが取りに来ていた。


 俺達が首を傾げていると、アドルフが料理を運んでくる。料理を置いて立ち去ろうとするアドルフの背中に問いかけてみた。


「なぁ、アドルフ、カミラはどうした?」


 アドルフはこっちを向いて口を開く。その言葉は俺達が予想だにしないものだった。


「──カミラって誰だ?」


「……え?」


 時間が止まった気がする。店を壊されたアドルフがカミラを忘れるとは思えない。アメリをちらりと見ると、アメリの顔も強張ったまま固まっていた。


「忙しいから、戻るぞ?」


「……あ、ああ」


 何事も無かったかのような感じでアドルフは厨房へと戻っていく。──何かがおかしい、完全にカミラの存在がアドルフの中から消えてしまっていた。それは、元からカミラという存在はいなかったかのような……


「──ご飯、冷める前にいただきましょうか」


 アメリの声で、俺の意識は現実の方へと戻ってきた。そうだ、今は飯を食べよう。……考えるのはその後でいい。


 そう自分に言い聞かせ、飯を口に入れる。……その料理の味は美味しいのかよくわからなかった。




 その後、何事もなかったかのように『アトラ・リット』を後にし、「月夜の星々」で起きて来た老婆に剣を壊した事を怒られたが、アメリを守る為に使ったと言うと、逆に褒めてくれた。


「お嬢さんを守る為に使われたのなら本望だろうさ」老婆はそう言っていたが、涙が目に浮かんでいたのを見て、悪い事をした気分になってしまった。


 柄だけを返そうと思ったが、逆に怒られたのでそのままもらっておく事にした。また武器屋に刀身を付けれるか交渉しに行ってみようと思う。





「すみませーん、通してくださーい」


 後ろから配達員の声が聞こえてくる。俺はアメリが起きてくるであろう時間より前に一人で『天空の理想郷』へと向かっていた。この時間ならハルトは起きているだろう、そこで俺は交渉をするつもりだ。


 そして、『天空の理想郷』の執務室をノックするとハルトの声が返ってくる。


 ──もう会う事は無いと思っていたハルトとギルドを辞めた後でこんなに会う事になるなんてな……


 皮肉を頭の中に浮かべつつ、俺は扉越しにハルトへ声を掛ける。


「リッドだ、入るぞ」


 しばらく間が空いた後、ハルトが返事したのを聞いてから中に入る。執務室のソファーにハルトは座っていた。


 ハルトが手で俺もソファーに座るように促して来たので、俺は指示通りにソファーへと座る。そして、単刀直入に切り出して来た。


「リッドナー、貴方のお陰でこのギルドは何とか事なきを得た。ありがとう」


 これは『天空の理想郷』のマスターと冒険者とのやり取りだ。マスターとして俺に敬意を払っているということだろう。


「まぁ、助けに行ったのは俺だけじゃないけどな」


 アメリや、シータ、ラルフのお陰でこうやって、無事に帰ってくることが出来たんだ。俺一人の力だとは思っていない。


「しかし、死んだシータや、回復の見込みすら無い私達を救ってくれたのは貴方だ。その分のお礼をしなくてはいけない」


「そうか、なら謹んで礼を受けよう」


 俺の言葉にハルトは頷き、口を開く。


「では、何か報酬を与えたい。このギルドで何が一番欲しい?」


 ──そんなもの、決まっている。考えるまでも無い。


「アメリをくれ、俺にはあの子が必要だ」


 はっきりと俺の心の内をハルトに伝える。あの子の存在は、今やもう居てくれなければ困る存在へと変わってしまっていた。……このギルドにいるよりも俺の元へと来て欲しいと願うくらいに。


「ふふ、まさかリッドがあの子にご執心になるとは」


 ハルトの態度はマスターから友人へと変わっていた。俺の選択をくすくすと笑っているところを見て思った、言わせられたと。なら、それに乗ってやる。


「何でもくれるんだろ? 二言はないな?」


「ああ、だってさ。よかったな」


 ……は? 


 執務室の奥にある、普段ハルトが座っている机の下からおずおずとアメリが姿を現す。それを見て、俺はあんぐりと口を開けた。


「実はな、君が来る前にアメリが先に来て『天空の理想郷』を辞めさせて欲しいと言って来たんだ。リッドさんに付いて行きたいからだってさ」


 アメリは顔を赤くさせている。きっと、俺も同じ顔をしていることだろう。


「よかったな、お似合いだよ二人共」


「……ハルト、お前! わざと言わせやがったなこの野郎!」


「そりゃね、君達もお互いの気持ちを聞いておきたかっただろうから……もしかして、いらないお節介だったかな?」


「当たり前だ! このド天然が!」


「あ、あのリッドさん……」


 俺とハルトが喧嘩を始めたところでアメリが割って入ってくる。そっちを向くと彼女は深呼吸をしていた。


 俺はアメリの言葉に耳と心を傾ける。彼女が今から言う言葉を、彼女の覚悟を一字一句聞き逃さない為に。──そして、彼女は口を開いた。


「──ずっと、二人で歩いて行きましょうね。世界の果てまで」


 そう言って、彼女は満面の笑みを浮かべる。……朝焼けが照らした彼女の顔は、今まで見た中で一番綺麗に見えた。




第一章────FIN。

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