第三十五話、星々の輝き[シャイニングステラ]

「────おらっ、起きろおっさん!」


 俺の耳元でいきなり大きな声が聞こえ、──ゴンと軽く腹に衝撃が走る。驚いて目を開けると、シータが俺を蹴飛ばそうとしている姿が目に入って来た。その顔は何故か苛立ちを募らせている。


「ちっ、仲良く寝てるから見張りしてやってたけどよ、いつまで寝てやがんだ。さっさとあいつら治して帰るぞ!」


「あ、ああ……」


 俺は起き上がりながら、アメリを見る。彼女は涎を垂らしながら眠っていた。……見なかったことにして洞窟の奥へと向かう。


「そういえば、お前の身体は大丈夫なのか?」


 奥へと向かう途中に、シータに問いかける。少しの間とは言え死んでいたはずだ。身体に不調が出ているかもしれない。


「ああ、すこぶる体調はいいな。ラベルが付いたままなのが気にくわないが」


 シータの腹の部分に、マジックラベルを貼ったままだった。俺はそれを回収する。


「なんつーか、死人を生き返らせたりなんでもありなんだな、それ」


「俺も実際に成功するとは思ってなかった」


 咄嗟に思い浮かんだことが成功しただけだ。運がよかっただけとも言える。


「最初にこのスキルをお前に使った経験が生きたよ」


『アトラ・リット』でシータを相手に戦ったことを思い出す。あの時は、ラベル一本で戦っていたはずだ。いつの間にか、思考が偏っていたことを悔いなければいけない。


「じゃあ俺に感謝しやがれ」


「はっは、そうするよ。あの勝利で自信がついたしな」


「……そうかい」


 シータとくだらない言い争いをしながら、洞窟の中を進んでいく。何故だか、死地を乗り越えたお陰かそこまで彼に対して何も思わなくなっている。多分、シータも同じ気持ちだと思う。


 そこから二人共話す事が無くなり無言になる。やがて、洞窟も中盤に差し掛かろうとした時、シータは口を開いた。


「……おっさん達はこれからどうするんだ?」


「世界を旅する予定なんだが、もう少しこの街でやることがあってな」


 俺は頭の中で考えていることを、アメリが起きたら彼女に話そうと思っている。


「そうかい、もうおっさんの顔を見なくて済むなと思ってたんだがな」


「悪いが、もう少し付き合ってくれ」


 予想では、多分1年も掛からないはずだ。それが済んだら、この街から出ていく。俺の言葉にシータは嫌そうな顔をした。その顔を見て、俺は笑ってしまう。


「さて、もうそろそろだな」


 俺はシータの前に行く。早く皆を治してやりたくて足がどんどんと速くなっていく。そんな俺の後ろから、小さく声が掛かった。


「……おっさん、ありがとな」


 ──俺は聞こえないフリをしておく。なんだか茶化してやろうという気は起きなかった。








 奥に着くなり、俺は三人に『復元』のラベルを貼る。すると、全員の腕と足が生えてくる。どういう理屈かはわからないが、治るのなら別になんでもいいだろう。


「う、うう……リ、ッド?」


 ハルトがこちらを見て呻いた声を出す。よく生きててくれたと、俺は思わずハルトを抱き締めてしまった。涙が頬を伝うのを感じる。生きているのを見て、一度見捨てようと思った罪悪感が心に湧いていた。


「すまん、ハルト……すまん……」


 俺は謝る、あの時アメリが居てくれなかったら、俺はお前を見殺しにしていた。そう言いたいが、喉から言葉が出ない。友人に幻滅されるのが嫌だと思っている俺がいる。あまりの浅ましさに自分が嫌になりそうだ。


「何を謝っているのかはわからないけど、貴方が自分を厳しく律する人なのは知っている。そこまで自分を追い込まないでやってくれ」


「お前に、言われたくはない」


「……確かに」


 ハルトは俺の言葉に頷く。こいつも、俺と似たようなところが多い。だから気が合ったのかもしれないな。


「ジェシカ、大丈夫か!」


「ハルト! よかった……」


 ハルトはジェシカに気付いたのか、俺から離れジェシカの元に駆け寄る。二人はお互いが生きていることを確かめ合うように、抱きしめ合う。


「──ラルフ、行くぞ。二人にしてやろう」


「いや、僕もさっき治ったばっかなんだけどな。まぁ、いいや……空気を読むシータなんて珍しいし」


 ラルフは笑いながら、シータの後についていく。シータは照れ隠しに「うっせぇ!」と言っていたが、耳まで赤くなっているところを見るに、自分でもらしくないことをしたなと思っているはずだ。


 俺も先にアメリの所へ戻ろうとその場を離れる。最後に一目だけハルトとジェシカを確認すると、二人は抱き合ったまま涙を流していた。


「シータさん、ラルフさん! よかった二人共無事だったんですね!」


 洞窟の外から、一際大きくアメリの声が聞こえてくる。どうやら先に洞窟の外へと出た二人に話掛けているようだ。


 そこからは何を話しているのかは聞き取れなくなった。少し遅れて俺が外に出ると、アメリが笑いながら出迎えてくれる。


「リッドさん、お疲れ様でした!」


「ああ、アメリこそお疲れ」


 曇りなき笑顔に、俺も笑って頷く。周りを見ているとシータとラルフがいなくなっていることに気付いた。


「……二人は?」


「先に帰りました! ギルドに報告をしに行くと!」


 ──なんだろう、地味に気を遣われたように感じるのは。なんだか、今回のことでシータも丸くなったような気がする。それはいい事のように思えた。


「そ、そっかそれならいいんだが。じゃあ、ハルトとジェシカが出てくるまで待とうか」


「はい!」


 そして、俺達は洞窟の前に座る。空を見上げると、少し暗くなってきていた。じきに夜が来るだろう。俺は心に決めていたことをアメリに伝える為に口を開いた。


「もう夜だなぁ、帰ったら祝勝会しないか?」


「いいですね、あの約束覚えてますか?」


「約束……ああ、アメリが奢ってくれるって言った奴か」


「はい、覚えてくれてたんですね!」


「アメリとの約束だからな」


「そ、そうですか。それは少し恥ずかしいですね」


「──なぁ、アメリ。少しいいか?」


「どうしました?」


「……正式にパーティーを組んで欲しい」


「──はい、喜んで」


「よかった、断られたらどうしようかと思ってたよ」


「断らないですよ……だって、パートナーになろうとしてたんですからね」


「はは、確かに。じゃあ改めてよろしく頼む」


「はい、これからも末永くよろしくお願いします!」


「その言い方だと、婚約……いや、なんでもない」


「…………?」


「君、わざとだろ? わざとだと言ってくれ」


「何がですか?」


「はぁ……天然か。まぁいい、俺達のパーティー名なんだけど、何かいい案ある?」


「星、をつけるなんてどうでしょうか?」


「星か……俺達が最初にパーティーについて話した時も星が見えてたな、それに執務室の時も……」


「それに知ってましたか? 私達の泊まっている宿にもなんと星がついています!」


「はは、確かにな。俺達には常に星がついて回ってるというわけか。なら、そうだな……『星々の輝き《シャイニングステラ》』でどうだ」


「はい、それでいきましょう! じゃあ、『星々の輝き』初の議題です! ……どこにご飯行きます?」


「うーむ、今回も『アトラ・リット』という手も──」


 そこから俺達は笑いながら、他愛も無い話をする。──そんな俺達を星々が燦然と輝き、照らしてくれていた。

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