─閑話─ 幕は上がりて。(カミラside)
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──リッドとアメリが騎士を倒した頃、遠くの空の上から二人を見ている者がいた。それは『アトラ・リット』で給仕として罰を受けているはずの女だ。
「いやー、面白い物を見せてもらったわ!」
女──カミラはにやにやと意地の悪い笑みを見せながら、地面へと降りていく。
彼女がここにいるのは、リッドとアメリ、二人の成り行きを見守る為。そして、その結果は彼女の望む方向へと『物語』を動かした。それは、ただ一つのハプニングを除いて。
「うーん、まさかアメリちゃんが『勇者』として覚醒するとはね……」
本来、『勇者』はラインハルトが選ばれるはずだった。
何の力も持たないただの少女であるアメリが『勇者』に選ばれたのは『物語』の紡ぎ手の一人であるカミラも予期していないことだ。カミラはその原因を顎に手を当て考え始めた。
「何をしておる、『魔ノ王』よ」
突然、カミラの後ろから声が聞こえた。何も無い空間から発せられた声。その声にカミラは動じずに呆れた声を出す。
「その名前で呼ぶなって何回言ったらわかるの? それに、声を掛けるならまず姿を現しなさいよ『賢キ者』さん?」
カミラは手をヒラヒラとさせながら、近寄るなという意思をポーズで示す。
カミラと声の主は既知の仲で、このやり取りも何回も経験している。だからこそ、カミラは呆れた声を出したのだ。
カミラの声に、人一人分ほどの空間が裂け、男が姿を現した。その男は一見、白髪の老人に見えるが髪の色が風になびく度、色を変える。
男の髪はプリズムのようで、それはアメリのオーラと酷似していた。
男はカミラに邪険に扱われているが無表情のまま佇んでいる。カミラが自分のことを好いてないことを男は既に知っていた。
「意趣返しか、魔王カーミラよ。まぁ、私は何と呼ばれようが別に構わないが」
「アンタって本当につまらないわねー」
魔王と呼ばれたカミラは男にダメ出しをする。それに対して『賢キ者』と呼ばれた男は首を傾げていた。男の反応を見て、冗談の通じない男だ、とカミラは苦笑する。
「で、アンタが私の所に来たってことは『物語』についてよね? どうなったの?」
「────ついに、この『物語』の主人公が決まった」
少し間を空けた後に出された『賢キ者』の言葉に、カミラは目を輝かせる。その顔には、歓喜の二文字が満ちていた。
「ようやく世界が動くのね! ああ、待ちかねてたわ!」
顔を上気させ、カミラは自身を抱き、空を見上げる。カミラはずっとこの瞬間を待ちかねていた。──何千年もの間を。
「で、主人公は誰よ!? やっぱり『勇者』であるアメリちゃん!?」
カミラは『賢キ者』に食ってかかる勢いで、両肩を掴み顔を近づける。それでも、男は動じない。そして、訥々と言葉を放つ。
「──『ラベル貼り』、『物語』はそいつを主人公に選んだ」
「そうかーリッドかー。あ、それでアメリちゃんが『勇者』になっちゃったんだね」
カミラの言葉に『賢キ者』は頷く。『物語』の主人公は周りを巻き込みながら『物語』にストーリーを作り出す。それをカミラは理解していた。
「そう聞くと、『リッド初めての強敵』もおかしな話よね。だって、名指しなんだもの。それに、初めってことは──そういうことよね?」
カミラの言葉を聞き『賢キ者』は頷いた後、喋り始める。
「『ラベル貼り』はこの世界ではあり得ない力を持っている、あれは異質だ。本人は気付いていないがな」
「──これでしょ?」
カミラは空間を切り裂き、その場所をごそごそと漁る。すると、何も無い空間から一つの瓶が出てくる。それには、あの猪の血が入っている。カミラはナイフを持っていた時、猪に傷つけてこの血をくすねていた。
──それはこの世界には存在しない毒。『猛毒』という名前の何にも属さない異質の毒。
「そうだ、『エクスカリバー』も『千里眼』もこの世界には存在しない。だからこそ『物語』は目覚めてしまった」
「あいつアホよねー、なんで御伽話の武器やスキルがこの世界で当たり前に使えると思ってるのかしら?」
二人はリッドの悪口を言う、だが『賢キ者』とは違ってカミラの顔は笑っている。それはまるで、恋する乙女のように見えた。
「そうだ! 主人公であるリッドに何かいい名前を付けてあげてよ。『ラベル貼り』じゃ私達の仲間にならないしさ。『賢キ者』のアンタなら思いつくでしょ?」
「⋯⋯『愚カナル者』、奴にはそれが相応しい。世界の果てなどという意味の無い幻想を追っているのだからな」
「──はははははははは!!! 『愚者』って! アンタ、いいネーミングセンスしてるじゃない、ピッタリよ! 最高!」
げらげらとカミラは笑う。それ程までに、『賢キ者』がリッドに付けた名前を気に入ってしまったようだ。カミラのあまりの笑いように、彼は首を傾げる。彼としては、真面目に話しているので何故カミラが笑っているのかわかっていない。
あまりにもカミラの笑いが止まらないので彼はもう用はないと見て、空間に裂け目を作り始めた。
「とにかく伝えたぞ、魔王カーミラよ」
そう言い残し、『賢キ者』は空間の中へと入っていく。彼が次元の狭間に姿を隠すと空間は独りでに閉まり、その後には何も残らなかった。
「はー、面白かった。はいはい、というか挨拶くらいしていきなさいよアイツ」
最後まで自分勝手だった男に、カミラは愚痴をこぼした。そして、街に向けて歩を進める。それは、最後の支度をする為にだ。
「んー、そろそろ街からおさらばしなきゃかー。いいところだったんだけどなー!」
──カミラは背伸びをしながら、街へと向かって歩いて行く。その顔は言葉とは裏腹に、晴れやかな顔をしていた。
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