第三十三話、見えた光明。

「…………アメリ?」


 遠い意識の中で、アメリの声が聞こえた気がした。それは、いつもの彼女とは違う凛とした声。俺は起き上がれない身体を必死にずらして、顔を上げた。


 そこに見えたのは、七色のオーラを纏ったアメリだった。その七色は、まるで花嫁のヴェールの様に優し気に揺れている。


 アメリの身に何が起きたのかはわからない。『鑑定』が彼女のステータスを映す。そのステータスを見て、俺は驚いた。


 アメリのステータスは変わっていた。パラメーターもスキルも全部無くなり、ただ一文だけが大きく書かれている。


「──『勇キアル者』」


 俺はその文章を呟く。それが何を意味するのかはわからない。ただ、アメリが他の誰とも違う異質な存在となったことだけが理解出来た。


 一体、俺の意識が飛んでいる間に何があったのかわからない、初めてのことだらけで頭が混乱している。ただ、アメリの背中を見ていると心が落ち着いてきた。


 いつもの華奢でひ弱に見える背中とは違い、絶対に俺を守るという強い意志を感じる。


 その背中に子供の頃に描いた憧憬を思い出してしまった。──それは、御伽噺に出てくる勇者。愛する人を守る為、世界を救った英雄。


 アメリに掛ける言葉が見つからない。ここまでの変化に、アメリが遠い存在になってしまったような気がして悲しくなった。


「──アメリ」


 俺は縋る思いでアメリの名を呼ぶ、その声にアメリは気付いたのかこちらを見ずに話しかけて来た。


「リッドさん、起きました? 身体に痛いところはないですか?」


 いつもの調子でアメリは優しく語り掛けてくれる。俺はアメリ自身が何も変わってなかったことに呆気に取られてしまうが、想像が杞憂で済んだことにほっと息を吐いた。


「……ああ。腕と足は無くなって痛むが、命に別状はない」


 ──ガィン! ガィン!


 剣と剣がぶつかり合う音が聞こえてくる。今、騎士がアメリに攻撃を仕掛けて来ているらしい。それを難なく弾き返しながら「今、リッドさんと話をしている最中でしょうが!」とキレている。


「そうですか……それならこれが終わった後、治す方法を探しましょう。その光るのは撃たせませんよ!」 


 相手と戦いながらも、少し余裕のあるアメリに俺は驚き、思わず聞いてしまった。


「……アメリ、君に何があった?」


「ま、まぁ、色々と気持ちに整理がついたと言いますか……」


 強さとは裏腹に歯切れの悪い言葉が飛んでくる。それと同時に何故だか、纏っている何かも少なくなったように見えた。


「そうか、頼りにしていいんだな?」


「はい……貴方が私を頼ってくれるのなら、どれだけだって力が出せます!」


 そう言うと、アメリを纏う七色は勢いを増す。その中の一色が彼女の剣に纏わりつく。それはまるで、稲妻の魔法のようだ。やがて、剣は雷を帯び始める。


「──ハァァァァァ!!!」


 裂帛の気合が、空気を切り裂く。騎士が剣で対応しようとして、止める。アメリは、そのまま騎士の左腕を切り裂いた。


 あれだけ苦労してた騎士を圧倒するアメリに驚きつつも、俺は俺に出来ることを考える。俺に残された物は右手と右足。それに回復薬が四本とラベルだけ……


「シータ! 意識はあるか!?」


 俺の少し隣でシータが倒れている。胸から腹に掛けて切り裂かれているところを見ると俺を庇おうとしてくれたはずだ。既に瀕死のところ、あれ以上攻撃を受けたら死んでいてもおかしくない。それでも、シータはぴくりと動いた。


 俺は必死に身体を動かし、シータの上に覆いかぶさってから傷口に薬をぶっかける。


「……ぐっ、何やってんだおっさん……俺はもう助からねぇ……その薬はおっさんに」


 ──そんなもん知るか、俺にはお前にやってもらいたいことがあるんだ。


「なぁ、俺を起こしてくれ」


「…………あぁ!?」


 シータの顔に少しだけ生気が戻った気がした。あぁ、この顔は絶対にキレてるな。なんでこんな状態でお前に指図されなきゃいけないんだって顔だ。俺もそう思う、でもお前しか頼れる奴はいないんだ。


 俺はスキル欄に『浮遊』をセットする。これなら、この状態でも浮くことなら出来る。そして、しっかりと右手に『エクスカリバー』を持った。


「……くそっ、俺も焼きが回ったもんだ。いいか?……俺も立ち上がれねぇ。蹴飛ばすから自分で何とかしやがれ……」


「……ぐぅっ!」


 腹に痛みが走ったと思うと、俺は上空に向けてふわーっと浮き始めた。最後の力を込めたシータの蹴りは俺の鳩尾に刺さった。


「はは……ざまぁみやがれ……」最後に悪態ついてシータは目を閉じた。俺は少しだけ涙を溢す。


 あれだけ喧嘩をしていたが、シータとはいい関係を気付けそうだったんだ。もう少し歳が近ければ仲良くなれたかもしれない、そんな相手を亡くしてしまったことに胸が痛くなる。


「仇は、取ってやるからな……」俺は落とさないようにもう一度、強く剣を握り直した。


「──やぁっ! たぁっ!」


 アメリが騎士と戦闘を繰り広げている。騎士は左腕を落としたが、まだ機敏に戦えている。中はスライムだから、そこまで痛手ではないのかもしれない。


 それにしても、アメリの動きが格段によくなっている。女性らしいたおやかさを戦闘に取り入れている。それはまるで、舞踏会のワルツのようだ。騎士の攻撃をくるりと回転して避け、そのまま踏み込んで斬りこむ。稲妻を纏った剣が騎士の胴体に吸い込まれた。


 胴体の一部分が抉れたが、それでも騎士は倒れない。これで、核は剣であることがわかった。ただ、逃げ回る騎士の核を壊すのは至難の業だ。さっきから、アメリの剣もまともに核で受けようとはしていない。


 のらりくらりとアメリの攻撃を受け流す騎士。さっきまでまともに戦っていたはずなのに、逃げ回るに姿に何か違和感を感じる。──その違和感の正体はすぐにわかった。


「アメリ! 後ろから左腕だ!」


 俺の声にアメリが反応して横に避ける。アメリの切り落としたはずの左腕が自律的に動き、鎧から針へと姿を変えて後ろから彼女を突き刺そうとしていた。


 きっと、騎士はもうまともに戦うことを止め、こちらの動きが止まるのを待っている。アメリが左手の対応に追われ、距離が離れたのを見て騎士は光の剣筋を彼女に飛ばす。


「──くっ!」


 アメリはその攻撃を辛うじて回避する。その間にも左腕はもう一度彼女に攻撃を加えようとしていた。このままではいずれ限界が訪れてしまう。


 ──アメリを一人にするな。俺に何が出来るか考えろ! 


 頭をフル回転させ、新たに今出来る戦い方を模索する。もうスキルは一通り試した、今は役に立つスキルは無い……でも、お前にはラベルがある。今まで人生の中でずっと隣にあったラベルが!


 俺は、自分の能力を思い出す。ラベルを貼る、綺麗に貼れる、何でも貼れる、貼った物には書いた効果を付与出来る、数値を変えれる。魔法のラベルを作れる。これが俺の手札、これ以上は今は無い。


 ──なら、ある物を組み合わせろ! 例えば──


「…………そうだ、なんでこれが思いつかなかったんだ」


 俺は思いついてしまった、今まで試したことの無い戦法を。それはきっとこの現状を打破する一手となるはずだと思い、俺は笑う。──今、一筋の光明が見えた気がした。

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