第32話、Episodeアメリ~覚醒~

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「リッドさん、嫌、起き上がって……」


 アメリはリッドの名前を呼ぶ、けれど彼は起き上がらない。リッドは左手と左足を失い、立ち上がる力が残っていない。それでも、アメリはリッドの名前を呼ぶことしか出来ない。


 ──カシャン。


 騎士が一歩踏み出した音に、アメリは──ひっ、と情けない声を上げてしまった。騎士はそれを気にも留めず、一歩、一歩とリッドの方へと歩み寄っていく。誰かに助けを呼ぼうにも、ここで戦えるのはアメリだけ。


 だから、無駄と知りながらも攻撃を仕掛けるしかない。兜、腕、胴、核と言っていた剣にも攻撃を与えた。それでもアメリは見向きもされない。騎士に、お前はどうでもいいと言われているようだ。


「やめて、リッドさんを殺さないで! お願いだから!」


 アメリは懇願しながら攻撃をする。しかし、騎士は止まらない。リッドを殺す、それが騎士の存在理由。アメリが悲鳴を上げようと止まる道理はない。


「おっさん、立て! スキルでなんとかならねぇのか!?」


 シータが騎士とリッドの間に入り、拳を構える。


 ──おっさん、何とかしてくれよ!


 シータはリッドのスキルに一縷の望みを託す。しかし、今の彼では時間稼ぎにすらならず、一振りの元に切り捨てられてしまった。


「ぐぅっ、くそっ⋯⋯」


「シータさん! シータさん⋯⋯」


 アメリは泣き叫ぶ。騎士の振るった剣は、シータの胸から腹までを袈裟斬りで斬り裂いた。元々瀕死であったシータがこの傷を負ったのなら、もう助かる見込みは⋯⋯ない。


「あ、あぁああぁあ⋯⋯」


 アメリの目の前で犠牲が出た。その事で、彼女の脳内では過去のトラウマがフラッシュバックする。


 ──それは、彼女の住んでいた小さな村に起きた悲劇。『薄幸の少女』として過ごしてきた今までの人生そのもの。


 ──このままでは、また見送ることになる。私は一人になってしまう。


 頭の片隅にこびり付いて離れない悪夢が、アメリを責め立てる。それから逃げるように、アメリは剣を打ち込み続けた。


「…………嫌、もう嫌!」


 アメリの目に涙が浮かび、声に嗚咽が混じる。全身全霊で攻撃を続けているのに、騎士は何も動じない。リッドの死神は、一歩、一歩と確かに歩を進めていく。


「ねぇ、止まって⋯⋯止まってよ!」


 殴っても、殴っても変わらない現実。親しかった人達を見送ってからずっと、アメリは夢を見続けている。──それは、人に見送られたいという願い。もう誰かを犠牲にして、自分だけ残るのは嫌だと彼女は思っていた。


 ⋯⋯そして、毎回毎回彼女はその夢に打ちのめされる。今回は、今回こそは、と毎回夢を見ては一人になる。それをずっと繰り返してきた。


 でも、リッドに出会ってから彼女は変わった。夢が書き換わった。彼と一緒に世界を見る、見果てぬ世界の先に行きたいと思ってしまった。


「⋯⋯リッドさんだけなんだ⋯⋯私の世界に光を見せてくれたのは」


 ──私の世界、壊れかけていた心を彼が繋いでくれようとした。だから、彼が死ぬのだけは嫌。


 アメリは、心の中でそう願う。その時、アメリの頭の中で声が響いた。


 ──ねぇ、それならなんで泣いてるの? 泣いてるだけじゃ何も変わらないよ?


 それは、アメリの声によく似ていた。声は続けてアメリに問いかける。


 ──前を向かないと彼に置いていかれちゃうよ?

 あなたの新しい夢は何か思い出して。


 声に本質を突かれてアメリはギリッと歯噛みする。アメリにだってわかっている、自分は後ろばかり見ていると。


「わかってるよ! でも私自身は夢を持っちゃいけないの! そんな不相応な物はいらない!」


 アメリは自分の夢を否定する。それを聞き、声は呆れた声を出した。


 ──何言ってるの? もしかして、自分の夢に気付いてない? そこで寝てる彼を見たらわかるんじゃない?


 その言葉にアメリはリッドを見る、見てしまう。彼女の心は知っている。彼を見ると心が弾むことに、温かくなることに。──彼の行く先を照らしてあげたいと思っていることに。


 ──アメリ、あなたの過去はあなたの夢を穢したりたりなんかしないわ。むしろ逆よ、あなたの過去が悲惨な物であったからこそ、その夢は輝くの。


 アメリは自分の気持ちに気付いてしまう。彼を見ると感じる気持ちはなんなのか、彼に対して何をしてあげたいのかを。


 ──叫んで、自分の夢! 彼に恥じないように! そうしたら、私があなたの力になるから! 


 アメリは、自分自身の声に背中を押されて頷く。それは、過去の彼女と決別する儀式。新しく生まれ変わる為に必要なこと。


「うん、行くよ。だから力を貸して! リッドさんの行き先を照らす為に!」

 

 アメリの身体から何かが噴き出し、辺りを七色に染める。


「私は、リッドさんの夢が挫けない為に彼の傍で支え続けたい! 困難を撃ち破る勇気の象徴でありたい! ──私は、もう迷わない!」


 声と共に、アメリの意識は七色の世界を駆け巡り、その果てに──虹を見た。


 彼女の色褪せていた世界が七色に染まり、色付いていく。


 ────アメリは今『物語』の紡ぎ手として生まれ変わった。


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