第三十一話、絶望。

──なんだ、あれは。どうして俺の名前が!?


「リッドさん、早く!」


 アメリの声に、俺の意識はこちら側へと戻ってくる。あまりの驚きに少しの間呆然と立ち尽くしてしまっていた。


 その間にも、こちらの方へと騎士の甲冑を踏み鳴らす音が聞こえている。


 ──馬鹿、考えている場合か。今はまず逃げることが先決だろ!


 俺はアメリに促され走り始める。幸い、後ろの騎士は歩いてこちらへと向かっているみたいだ。


 問題は逃げた後だ、皆を圧倒出来るだけの実力を騎士は持っている。それを倒すだけの力が俺とアメリにあるのだろうか⋯⋯


 ──違う、あるかどうかじゃない。倒さなくてはいけないんだ。だから、今出来る事をしろ!


 まず、シータに言われた通りに情報を整理する。相手『リッド初めての強敵』スキルやパラメーターは不明。騎士の姿をしている。武器は不明……か。せめてスキルがあれば貼り替えが効くのだが。


 考えている間に、無事俺とアメリは森へと戻る事が出来た。洞窟から出た先、そこはちょうど戦闘にうってつけの広さが確保されている。そこで戦うしかない。


「おっさん、アメリ! 後ろだ、来るぞ!」


 シータの声に俺達は振り返る。そこには騎士の姿があった。俺は剣を鞘から取り出し、握って構える。そして、俺はアメリに声を掛けた。


「──アメリ、やるぞ。俺達があいつを倒すんだ!」


「はい、行きましょうリッドさん!」


 アメリも剣を取り出す。俺は空いたスキル欄に剣術のスキルを貼り付けた。これでこちらの準備は万端だ。


 こちらの様子を見て、騎士は両手を前に突き出した。一体何をする気なのかわからず、俺達は身構え、状況を見守ることしか出来ない。


 騎士の身体の一部が光り始めた。それは、本来人であれば心臓があるところ。そこから光が溢れていた。


「⋯⋯なんだ、あれは」


 思わず溜息が出てしまうような美しい光。それが辺りを包む。こいつは敵であるはずなのに、その光景に目を奪われ、息を飲んでしまった。


 やがて、一振りの剣が姿を現す。──その刀身は黄金色だった。この世の物とは思えない程の美しさに、一目見ただけで全身に鳥肌が立つ。


 あれが、この世界において異質の存在であることは見なくてもわかる。何故なら、その剣には魔力を感じられない俺でもわかる程の、得もしれない空気を纏っていたからだ。


 それを、騎士は己の両手で握り締め、こちらに向かって構えてくる。その姿や佇まいは、まるで夢にまで見た英雄そのもの。ならば、その手に持つものは⋯⋯


「──エクス、カリバー」


 俺の口からは無意識のうちに言葉が漏れていた。⋯⋯騎士は、俺が思い描いていた英雄そのものだった。


「おっさん! 呆けてる場合じゃねぇぞ! アメリと合わせろ!」


 シータの声に俺はアメリを見る。彼女は俺を守るように先に騎士へと攻撃を仕掛けていた。俺も急いで攻撃に参加する。アメリは左から行っている。なら俺は右からだ!


「──うわぁあああああああああ!」


 アメリは叫びながら、騎士へと攻撃をした。狙ったのは頭、それを騎士はそのまま身体で受ける。


 ──ギィィン! という鉄がぶつかり合う独特の音が森に響く。「──え」アメリは剣が何事もなく弾かれたことに困惑の表情を浮かべていた。


 俺はそれを見て同じ場所を攻撃するのは無駄だと悟り、甲冑の隙間を狙う。剣術スキルの効果が効いた剣筋は、狙った所に吸い込まれていく。


 ──キィン! と鋭い音と共に、俺の剣は騎士の振るったエクスカリバーとぶつかり合う。そのあまりの力の強さに、俺は剣を頭の上まで弾かれてしまい体勢を崩す。その隙を見て、騎士は突きのモーションをこちらへと向けて来ていた。


 ──まずい! そう思った時にはもう、アメリのフォローが入っていた。


「──ふっ!」身体を回転させ、騎士の腕を断ちにいく。遠心力を利用したその一撃は、騎士の身体をよろめかせるまでに至った。


 その間に俺は体勢を立て直す。この一回の攻防でわかったことはアメリの攻撃は効かず、相手は俺だけ見てる、最後に俺達と相手の間には圧倒的実力差が存在しているということだった。


「くそっ、こいつ硬すぎだろ!」


 俺は愚痴を漏らす。これと同じ硬さの敵をシータは戦っていたのだ。改めてシータの強さを感心すると共に、俺は戦略を頭の中で組み立てる。


 今のアメリのレベルとパラメーターは相当な物だ。それでも渾身の一撃でもダメージがないなんて思わなかった。とりあえず、今俺の出来ることは、自分の身を守りアメリのアシストをすることだけ。粘って勝機を見出すしかない。


「おっさん、まずは自分の身を守ることだけ考えろ! あいつはアンタしか狙っていない!」


「ああ! そうする!」


 シータも同じ結論に至ったようだ。俺は『障壁』を空気に貼り展開する。これはあのジャガーボアにすら通用していなかったが、無いよりはマシなはずだ。


「──はぁっ! なんで、ダメなのっ!?」


 相手が俺を見ている間、アメリはもう一度攻撃を入れている。それでも相手はアメリの事を見もしない。居ても居なくても同じと思われているか、それとも……


「なぁ、やっぱり俺、お前になんかしたのか?」


 俺は答えがないと知りながらも騎士に問いかける。こいつの標的は、森の入り口で出会った時からずっと俺しか狙ってきていない。それに、リッド、初めての強敵。俺と無関係とは思えない。


 ──待てよ、その響きどこかで。


 俺は記憶を掘り起こす。あれはもう大分昔のことのように感じられたが、確かに記憶に存在した。そう、その『』は俺があのスライムを倒した時に付けた……


「……お前、あの時のスライムなのか?」


 騎士は何も答えない。ただ、無言で俺に剣を向けてくる。その姿が、俺がスライムを突き刺した姿と重なってしまう。


 ──あの時、こいつはこんな気分だったんだな……


 俺はスライムの核を潰すのに10回も攻撃をした。勝てないとわかったスライムは逃げるしかなかった。……それでも、俺はスライムを倒してしまった、自分の欲を解消する為に。


 あいつの核は潰れて死んだはずだ。だけど俺のスキルが覚醒した時に、こいつも復活したんだろう。無くなってしまった核の代わりに、使。これが、こいつの産まれた真実。


「すまん、お前の事を忘れるぐらいに俺は自分の能力が強くなったことに夢中になっていた。忘れてなければ、こんなことにはなっていなかったのにな」


 俺は懺悔を口にする。こいつがここまで育つまでに気付いていれば、誰も傷つかずに済んだはずだ。こいつは俺が産んだ絶望を招くモノ──だから、こいつは俺が仕留めないといけない。


「落ち着け、リッド」


 自分に言い聞かせるように言葉を出し、気持ちを沈めていく。あの時の気持ちを思い出していく。


 ──相手の素性はわかった、そのことで決意が固まった。未知の相手じゃなくなっただけで心と身体が軽くなっただろ。命のやり取りはもうこれで何度目だ? 今更もうびびってるんじゃない。


「──来い!」


 あの時とは立場が逆転してしまっている。騎士は歩いて近寄ってきて、右手で『障壁』を容易く割る。


「くそっ、やっぱりそうくるよな」


 騎士は自分が倒されないと知り、連続の攻撃を仕掛けてきた。俺は、アメリに自分の知った情報を伝える為、叫ぶ。


「アメリ! こいつの核は、剣だ! 俺が今打ち合っている武器が核なんだ!!!」


 思えば、こいつはアメリの攻撃を身体で受けていた。それは、身体の中に核がないからなのだろう。


 ただ、攻撃する場所がわかっても、倒し方がわからない。こっちの『エクスカリバー』を使ったところで避けられたら全てが終わりだ。


 俺の声が聞こえたのか、騎士は俺から距離を取る。何故離れたのかはわからないが、これで考える余裕が出来たはず、


「おいおい、今更新しい攻撃かよ⋯⋯」


 俺は愚痴をたれてしまった。相手のエクスカリバーが仄かに発光している。明らかに何かをするつもりだ。


「アメリ! 行くなよ!」


 危険な空気を感じ取り、アメリを止めさせる。


「はい! リッドさんも気を付けて!」


 アメリの返事が聞こえてきたので、安心をして相手を注視していた。騎士はその場で剣を一回振る。


 剣に纏まり付いていた光が、剣の軌跡となりこちらへと飛んでくるのを、俺はただ見ていた。


 何が起きたのかわからなかった。ただ、俺の左腕に光が吸い込まれ⋯⋯


 俺は、自身の左腕を見る。そこにあるはずの物が何もない。肩は消し飛び、腕が地面に転がっている。


「⋯⋯え?」


 俺は呆然とし、現状が直視出来なかった。アメリの悲鳴が何故だが遠いことのように感じられる。


 近くでもう一度光った気がした。下を向いていた俺の目の前で、俺の左足の膝から下が完全に消失してしまったのが見えた。


 でも、痛みは感じない。だから、これは夢だと思うことにした。だって、この足じゃ⋯⋯世界を歩くことなんて出来ない。


 俺は、片足を無くし地面に這いつくばるしかなかった⋯⋯

 

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