第三十話、騎士。
俺達は森の中を奥へと歩いていくと、やたらと拓けた場所へと出た。その場所だけは、木も無く空間だけ切り取られているように見える。
この光景はさっきも見た、原因は理解している……『エクスカリバー』。それで、この場所を更にしたのだろう。──でも、それは何の意図で?
「リッドさん、あれ!」
ぽっかりと拓けた場所の更にその奥に崖が見えてくる。崖の下には大きな穴が開いている。あれが、俺が『千里眼』で確認した洞窟。ハルトが居たはずの場所だ。
「これだけわかりやすいならラルフもいる可能性が高いな……後はそれからどうなったか、か」
シータは洞窟を眺めながら呟く。ラルフは異形の姿を確認していた。森の異変があいつだと結論付けしてしまったとしたら、それ程警戒せずに行ってしまった可能性もある。
「──行くぞ、シータはここに居てくれ」
「待てよ、おっさん。先に回避や素早さを上げるスキルに入れ替えておいた方がいい。まずは、自分の安全を確保しろ。斥候……だっけか? おっさんの場合、まずは相手の情報を仕入れなきゃ話にならない」
「……なるほどな。咄嗟の判断が出来ない分、前もって何をするのか決めておいた方がいいのか」
「そっちはアドリブでやれる奴はいるっちゃいる。俺みたいな奴とかな! でもな、おっさんの戦い方はそうじゃねぇ。多分だが、時間が無ければ成立しねぇだろ?」
シータに言われて思い出したのは亜種のジャガーボアとの戦い。あの時、アメリが逃げるまでに『鑑定』さえ出来ていれば、あそこまでやられることはなかった。
「確かに、お前の言う通りだよシータ。回避しながらでは、ラベルを貼る余裕がなかった」
「それくらい、自分で思いつかなきゃダメだぜ? 冒険者になるならな」
俺はその言葉に固まってしまう。まさか、シータからアドバイスを貰えるとは思っていなかった。
「…………んだよ、その顔は。さっき、上の世界を体験させてもらったからな。これくらいは返してもいいだろ」
拗ねた顔でシータはそっぽを向く。なんだかそれが面白くて、俺は笑ってしまった。少し気持ちが軽い。今から、死地へと向かうのに緊張感が今はない。シータが明確に作戦を伝えてくれたからだと思う。
「普段からそうなら、皆が付いてくるのにな」
「ああ? うっせぇよ。俺は背中で見せるタイプなんだよ」
「照れてんのか? かわいいな」
「お、喧嘩売ってんのかおっさん。別に買ってもいいんだぜ?」
「無理するなよ、死に損ないが」
「二人共、やめてください」
俺とシータが喧嘩しそうな空気になったので、アメリが仲介に入った。おっと、いけない集中しないと……
俺は、ステータスプレートを開き、スキル欄を入れ替える。今回は、シータのアドバイス通り『敏捷強化』と『回避術』、それと『鑑定』を入れておいた。
「アメリはどうする? 何か調整してもらいたいところはあるか?」
アメリは俺の提案に悩み、口を開いた。
「それじゃあ、レベルを上げてもらっていいですか?」
確かに、アメリのスキルはレベルでパラメーターが一気に上がる設定になっている。それに、俺の件でもわかったが、パラメーターを個別で上げるよりレベルで上げた方が動きやすそうではあった。
俺は頷く。ついでに、俺のレベルも上げておくとするか……効果は期待出来なさそうだが。
アメリにレベルをいくつにしてほしいか聞くと、50と返ってきた。まだレベルを上げた時の実験をしていないからな。急に感覚が変わってもやりづらいに違いない。俺はアメリのレベルを50に貼り替える。それと共に、アメリのパラメーターが見違える程上がった。……これ100にしたらシータ越えるな。本人には言わないけど。
──さて、俺の方は100にしておくか。……やっぱり全然パラメーターが上がらないな。もしかして、俺の力ってスキル特化なのか?
他の奴を見ても、スキルレベルなんて物は存在していない。だから、俺のステータスは特殊仕様なのかもしれない。
──そもそも、スキルでパラメーター変えれるからな。レベル上げても意味ないんだけど。
「よし、準備が出来たし行くぞ、アメリ」
「はい、よろしくお願いします」
俺はアメリと視線を交わし、洞窟の方へと向かった。
「……アメリ、音を立てるなよ?」
「……はい」
俺とアメリは小声で会話をし、洞窟の中へと歩を進める。洞窟の中からは異臭がする。それの原因が何なのかはわからない。でも、奥にある物を確かめなくてはいけない。
物音を立てないように、ゆっくりと奥へ奥へと歩いていく。……その洞窟は一本道だった。何かで削られたような道がずっと続いている。
「──リッドさん」
「──ああ」
やがて、広い空間が見えてくる。そこからは血の臭いがしてきた。俺はそっと、中を覗く。
…………思考が止まった。見てはいけないものを見てしまった。見なければよかった。
「リッドさん、どうしまし──うぷっ」
アメリが中を覗こうとしたので、俺は顔を押さえつけてその動きを止める。これは彼女の見ていい物ではない。
端的に言うと、中にはハルトとジェシカがいた。それとラルフも。……ただ、四肢が切り取られ、一か所にまとめられていた。全員生きてはいるようだが、あれでは助けたとしても……
俺がそう考えていると、ゆらり、と影が見えた気がした。それは──カチャリ、カチャリ、と鉄を踏みしめる音を立てている。
見えたのは一人の騎士だった。それが、こちらを見ている。──こちらを。
それに気付いた瞬間、全身が総毛立つのがわかった。咄嗟に身体は後方へと反転する。
「アメリ、逃げろ! 気付かれた!」
俺は状況を知らないアメリに危機が差し迫っていることを伝える。アメリは短く「はい!」と答え俺より速いスピードで出口まで走り始める。
──まずは情報を。シータのアドバイスを思い出して、逃げる前に『鑑定』をぶつけてやる。これで相手が何者か見極めてやる。今回『鑑定』は効いた。しかし、相手のスキル欄は黒く塗りつぶされて何も見えない。わかるのは名前だけだ。
「なんだ……これ?」
俺はそこに表示されている名前を見て目を疑った。そいつの名前はこうステータスに書かれていた。
──『リッド、初めての強敵』と。
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