第二十五話、犬猿の仲。

「すまんカレリア! あいつを止めてくる!」


 俺はソファーからおもむろに立ち上がり、部屋を飛び出す。後ろからはカレリアの引き留める声が聞こえた気がするが、それよりまず騒いでいる馬鹿を止めるべきだと思った。


 ──ドゴン! と何かを殴った音と、部屋を出たのは同時だった。


 真っ先に目に入って来たのは、カウンターの一つが粉々に砕け散っている様だった。シータの拳がカウンターにめり込んでいるのを見るに、我慢が出来なくなったシータは思い切りカウンター殴ってしまったのだろう。


 周りの冒険者達はシーンと静まり返り、シータを注視している。その中には自分に飛び火しないように逃げてる者もいた。


 受付嬢はその迫力に腰が抜けたのか、その場にへたり込み、嗚咽を漏らし始める。それを見て俺は、シータに怒りを覚えた。


「なにやってんだ、シータ!!!」


 静まり返ったギルド内で、俺の声は良く通った。シータの視線がこっちへと向く。そこには戸惑いの感情がこもっているような気がした。


「……なんで、おっさんがここに居るんだよ」


 シータにしては、弱々しい声。それが、彼の心情を表しているようで胸が痛い。きっと彼は今、色々なことが一気に起き過ぎてパニックになっているのだと思った。


「俺がどこにいようとお前には関係ないだろ! それより、苛ついたからといって周りに迷惑を掛けるんじゃない!」


 俺は怒りのままシータに説教をする。それを聞いてシータは舌打ちをしたが、ラルフの「今回はお前が悪い」という言葉に渋々だが謝罪の意志を見せた。


「⋯⋯すまなかったな」


 それを聞いても受付嬢は泣いたまま動けない。シータはバツが悪そうに頭をポリポリと掻く。


「──あのぉ、大丈夫ですかぁ?」


「うぉっ!?」


 突然、背後から眼鏡の受付嬢が声を掛けて来たので俺は驚いてしまった。いつの間に後ろにいたんだろうか。


「だいぶ、急ぎのようだったのでぇ、気になってぇ」


 眼鏡の受付嬢はおっとりとした口調で俺の現状を言ってくれる。⋯⋯そうだ。今は急がなくては。


「こっちはぁ、任せてくださいぃ」


「わかった、頼むよ。えっと、君の名前は?」


「エステルですぅ」


 俺は、エステルに後の処理を任せ、シータとラルフに向き合う。今は、何を置いてでもこいつらの力が借りたい。


「シータ、ラルフ。お前達の欲しい情報は、俺が知っている。だから俺と来て欲しい。ラインハルトとジェシカを助けたいんだ」


 その提案に、シータはチッと軽く舌打ちをし、怒りの表情を向けてくる。


「なんで、俺達がおっさんに協力しないといけないんだよ! それに、おっさんはもうギルドと無関係だろうが!」


「シータ、話だけは聞いた方がいいと思う」


「うるせぇ! ラルフは黙ってろ!」


 ラルフは懐柔できそうだが、シータが意地を張っていて話が進まない。どうしたら、上手く場が収まってくれるかな……


 シータをどう説得するか迷っていると、後ろからアメリが俺を追い越してシータの元へと歩み寄っていく。


「お、おい、アメリ……」


 俺が制止する前に、シータの前にアメリは立つ。アメリの顔を見て、シータの顔に困惑の色が浮かんだ。


「シータさん、今の私達には貴方の力が必要なんです! お願いします!」


 アメリは堂々とシータに向けて頭を下げた。シータはそれを見て、今度は苦虫を潰したような顔に表情を変える。これではどちらが主導権を握っているのかわからない。


「アメリ、お前の話なら聞いてやる。同じギルド員だしな。⋯⋯それと、アトラ・リットでは言い過ぎた。悪かったな」


 シータの言葉を聞いて、アメリは顔を上げてほっと安堵の表情を浮かべた。


 シータは照れくさそうに、アメリから視線を外している。シータのこんな表情を見るのは始めてだった。


 彼女が仲介役になってくれて助かった。俺とシータだけではずっと平行線のままだったに違いない。


「……アメリ、その言い方だと僕の力はいらないように聞こえるけど?」


 シータの隣では、ラルフがショックを受けたような顔をしていた。それを見てアメリはあわあわと慌てだし、弁明を始める。


 それを見て、俺とラルフは笑い始めたが、シータはそれが気に入らないのか「早く話せ! おせぇぞ!」と声を荒げるのだった。





「──ということだ。質問は?」


 シータとラルフに俺は今までの経緯を説明をした。カレリアは仕事があるからと席を外していたので、ここにいるのはアメリを含んで四人だけだ。


 シータとラルフには俺のスキルを説明しておいた。もうスキルの事を隠している場合ではない。ハルトとジェシカの命が掛かっているのだ。


「……とりあえずはないかな。早めに動いた方がいいけど、本当に二人も行くつもり?」


 ラルフは俺達に確認を取ってきたので、俺は頷く。シータに視線を向けると耳をほじっていた。本当に聞いていたのか、こいつは。


 俺が苦笑いをしていると、シータはこっちを見て露骨に舌打ちをしてくる。それを見て、喧嘩した時に何かしら追撃しておくべきだったと心の中で舌打ちしておいた。


「……めんどくせぇ、守る対象が増えたじゃねぇか」


「こうは言っているが、ただ意地を張っているだけだ。気にしないでいい」


「ラルフ! 勝手に俺の気持ちを代弁するんじゃねぇよ!」


 ラルフの言う通りだ。ぼやいているだけで俺達が行くこと自体は拒否していない。


「なんだかんだ言って、こいつはこいつでギルドの仲間を大切に思ってるんだよ」


「……うっせぇ」


 どんどんシータの声が小さくなっていく。これも、俺が周りを遠ざけていたせいで見れていなかった面だと思うと悲しくなった。もっと、最初から皆と関わろうとしていたら今の状況にはならなかったかもしれない。


「このおっさんは、ギルドの仲間じゃねぇからな! 雑に扱っていいんだろ!?」


「お!? 俺に一回負けた奴がよく吠えるな!?」


「あ、なんだと!? たまたまスキルが強くなっただけのおっさんがよ!」


 ──前言撤回だ、こいつとだけは仲良くなれない。


「リッドさん、ギルドの人達と喧嘩しないでと言ったじゃないですか!」


「シータ、こんなんでも年上だぞ。一応ギルドから離れたんだから敬っておけ」


 アメリとラルフがお互いのパートナーをなだめる。後な、ラルフ。それフォローになってないからな。やっぱ嫌いだわ、こいつら。


「おい、お前ら。今から死地に赴くのにいがみ合ってる場合か!」


 声の方に視線を向けると、カレリアがこちらを見ていた。手には大きな背負う鞄を持っていた。


「カレリア、それは?」


「ああ、これか? お前達なら行くと思って、回復のアイテムをパッキングしてきたんだ。ほら、この間買い込みしてただろ? それだよ、それ」


 カレリアは喋りながら、俺にその鞄を手渡してくる。ズシリと重たい感触が手に伝わり、俺は驚く。


「カレリア、よくこんな重たい鞄を持ってたな……」


「冒険者ならこのくらいの重さは当たり前だぞ?」


 カレリアは当然のことのように言ってくる。それを聞いて俺は「マジかよ……」と言葉を零してしまった。


 俺は本当かどうかカレリア以外の三人に視線をやってみると、当たり前だろと言った感じでシータが肩を竦める。ラルフは当然といった感じで頷き、アメリは知らないと言った感じで顔を横に振った。


「今回は僕とシータがアタッカーをするので、リッドさんにはサポーターをお願いします」


「……ということは、これを俺に担げと?」


 俺の疑問にラルフはすぐに頷く。まぁ、慣れてる二人に攻撃は任せた方がいいし、アメリにはこんな重たい荷物は持たせられない。消去法で荷物持ちは俺の役目になるのだが、納得は出来ない。


「なんだ、そんなに重いのかよ? なんだ、結構軽いじゃねぇか!」


 俺から荷物を奪ったシータが楽々といった感じで鞄を上げ下げする。それを見て、俺の闘争心が燃やされた。


「ステータスオープン!」


 俺はスキル欄を開き、『運送術』のスキルを貼った後にシータの荷物を奪い返す。


「はっは、これなら余裕だ!」


 さっきまでよりも軽くなった鞄に、俺は余裕を見せる。すると、シータはにやりと笑いこう言った。


「じゃあ、おっさんよろしくな!」


「そうですね、いいスキルをお持ちですし、サポートをよろしくお願いします」

 

「いいけど……お前ら、俺を守れよ? 


 俺は二人に疑いの目を向ける……特にシータに。こいつは俺がピンチになっても捨てていくんじゃないかという不安がある。


「はっはっは、気が向いたらな!」


「善処しますよ」


 こいつらの言葉を聞いて、俺は肩をがっくりと落とすのだった。


「わ、私が守りますから!」


「……俺の味方はお前だけだよ、アメリ」


 ──俺はアメリの頭をポンポンと撫でてから、ギルドの出口へと向かった。

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