第二十三話、受け継がれし物。
「──朝ですね」
「……そうだな」
窓の外から、朝の日差しが差し込み始める。俺達は、あれから一言も話すことが無く朝を迎えていた。正直言って、凄く気まずい。この夜だけで色々なことが起こりすぎた。
俺は、ソファーから降り、身体を動かす。二日間も眠っていたからか、少し身体が強張っていたので準備体操をする。いつの間にか頭痛も治まっているし、これならハルトとジェシカを探しに行くのに支障はなさそうだ。
──それより、まずは水浴びしに行った方がいいな。着替えに一旦宿に戻るか。
身体から汗の臭いが漂っていたので、まずは水を浴びたかった。しかし、宿に行くのをアメリに伝えるかどうかで悩んでしまう。俺が言い出せないままでいると、アメリも立ち上がりこちらを見つめてくる。そこにいた彼女はいつもの彼女で、俺は胸を撫で下した。
「リッドさん、行きましょうか!」
彼女は明るい声で俺の名前を呼ぶ。彼女の中で、どんな心境の変化があったかはわからない。それでも、この感じなら大丈夫そうだと感じた。
執務室の外へと出ると、アメリは鍵を掛ける。それを見て、俺は思考を停止させる。……ちょっと待て。
「──なんで、アメリがその鍵を持っているんだ?」
「……ジェシカさんに渡されましたからね」
アメリの声のトーンが下がる。それで、俺は察してしまった。
「行方不明になる前の話なんだな」
「はい、ジェシカさんに……リッドさんが気絶しながらアメリ、アメリってうるさいから見に行ってあげて欲しいと言われました」
「──ちょっ、ちょっと待て! 冗談だよな!?」
「本当でしたよ!」
アメリは満面の笑みでニカっと笑う。……なんていい表情で笑いやがるんだこいつ。というか……でした? なんで過去形……まさか!
「忘れてくれ!」
「ふふふ、いやですよー!」
アメリは笑って、俺の前から走って逃げ出し始めた。くそっ、パラメーターが上がって更に早くなってやがる!
「アメリ、待て! お前っ早すぎっ!」
こうして、朝の誰も居ないギルド内を俺達は駆け抜けるのであった。
「──いらっしゃい……って、あんたか。お嬢ちゃんは一緒じゃないのかい?」
宿、『月夜の星々』に入ると店主の老婆が声を掛けてくる。アメリは途中で別れてアドルフのところへと向かった。
アメリは「──リッドさんが起きたことを伝えてきます!」と言っていた。その間に俺は身支度をしようと思ったのだ。
「ああ、今は別行動をしている。俺は部屋に着替えを取りに来ただけだ」
そのまま、自室へと向かい着替えを手に取る。顔に手を当てると髭が伸びていたので、剃刀と石鹸もついでに持っていくことにした。
「ちょっと身体を洗いたいんだが、水はないか?」
老婆に聞いてみると、店の裏手を指さしたので俺はそちらの方へと向かった。そこに井戸があったので、水を引き上げそのまま被る。
「──うっ!」
井戸水の引き締まるような冷たさに思わず声を上げてしまった。俺は水で濡らした石鹸で泡を立ててから髭を剃り、その後身体を一通り洗う。その時に、右腕に包帯が巻かれていることに気付いた。そういえば、猪との戦いで怪我を負っていたのを忘れていた。
これはきっと、俺が気絶している間にアメリが手当をしてくれたのだ。また一つアメリに感謝をしないといけないことが増えてしまった。
傷を濡らさないように風呂を終え、服を着る。汚れた服を部屋に置きにいき、準備は終わった。──その時、老婆が声を掛けてくる。
「あんた、また行くのかい? もう無茶はしなさんな⋯⋯あんたがいない間、お嬢ちゃん泣いてたんだよ?」
「すまない、その言葉は聞けない。俺にはまだやることがあるから」
老婆は大きく、はぁ……とため息を吐き。「男って奴は⋯⋯」とドスの効いた声で呟いたのが聞こえてきた。
老婆の態度が急変したので、俺はギョッとして、そちらを向く。老婆の顔はさっきまでと違い、鋭い鷹のような目つきで睨んでくる。俺が一体何をしたというのだろうか?
「これだから男は嫌だよ。いざとなったら女の言うことなんか聞きやしない。あんた、あたしの元旦那にそっくりだね!」
老婆の背後から怒りのオーラが見えるようだ。空気が圧迫していくのを感じ、その雰囲気に飲まれそうになってしまいそうになる。──この人は一体?
「……ほら、これ受け取んな」
そう言って、老婆は一振りの剣を渡してくる。それは、よく使いこまれた剣。今の主流とは違う曲刀の様な形が、この剣が昔の物であることを教えてくれた。
「……これは?」
「それは、あの人の形見さ。──馬鹿な女を守ったまま死んでいった人のね」
その言葉で、老婆の怒りは消え去ってしまったかのようだ。今は遠いところを見つめた目をしている。言葉とその表情を見て、老婆の過去に何があったのかを大体察することが出来た。もしかすると、この宿を畳まない理由も……。
「⋯⋯振ってもいいか?」
老婆が頷いたのを見て、俺は持ち手を強く握る。手に吸い付くようなその感覚に俺は歓喜する。こんな武器を持つのは人生で初めてのことだった。軽く振ってみると風を切り裂く鋭い音が鳴る。それで俺は確信する、これはいい武器だ。
「あんた意外といいスジしてるね。ただ、あの人には及ばないけど」
老婆は笑っている。その顔は心底楽しそうに見える。なんでこの人は俺に武器を?
「なんで武器を渡したのかって顔をしてるね。──ハハッ! なんで驚いているのさ! あんた表情に出てるんだよ!」
そして、老婆は俺に武器を渡した理由を教えてくれる。その理由は意外なものだった。
「お嬢ちゃんも一緒に行くんだろ? それは古いといっても名剣だ。そこら辺の武器よりはいいものだろうさ⋯⋯あのお嬢ちゃんをそれで守ってやんな。あの子はいい子だ」
「……ああ。と言っても俺があの子に守られてるところもあるんだけ」
「なんだい惚気かい。そんなのは酒の肴として聞かせるもんだ。こんな朝っぱらに聞くもんじゃないね」
「いや、俺達はそんな関係じゃない」
俺は慌てて訂正する。俺とアメリはそんな仲では無い。
「くっく、まだ気付いてないのかい。あんた歳いってる割に初心だね、珍しい。まぁいい、お嬢ちゃんが待ってるんだろ? 早く行きな」
俺はまだ訂正したかったが、アメリが待っていると言われて、頷く。ハルトとジェシカを探しに行くのに少しでも時間が惜しい。でも、その前に⋯⋯
「⋯⋯この武器の鞘はないのか?」
「おや、忘れてたよ」
このまま行っていたら街中で武器を剝き身で持っている危ない奴になるところだった。老婆は、焦る俺を見て、大きく顔を歪め笑っていた。
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