第二十一話、俺の光。

「──アメリ、このギルドが崩壊寸前って、どういう意味だ?」


 俺はアメリが言ったこの言葉の意味を理解出来ず、詳細を知りたくてもう一度聞き直す。


「……言葉通りの意味です。トップの二人がいなくなり、治める人が誰もいない状態なんです。皆はそれが不安で、ギルドを出て行く人もいます⋯⋯」


「シータとラルフは?」


「……二人はどこかに行って帰ってきてません」


 俺は少し考える。最近シータとラルフは狩りによるレベル上げをメインにしていたはずだ。もしかすると、遠出をしているのかもしれない。……なんて間の悪い奴等だ。


「……どうしましょう、リッドさん」


「すまない、俺にはこのギルドで出来ることなんてないんだ……」


 アメリが泣きそうな声で俺に縋ってくるが、俺には何も出来ない。


 俺のこのギルドでの評価はだ、これは退職した今でも変わらない。そんな奴の話を誰が聞く?

 

 強くなったとしても出来ることは限られる、そのことがもどかしくてたまらない。……強くなる前ならもっと楽に諦めれたはずなのに。


 悔しい気持ちを堪えるように、俺は思い切り歯を食いしばる。頭が激しい痛みで訴えているが、そんなものもうどうでもよかった。


「──くそっ! なんでこうなった!? 何を間違えた!?」


 ──ジェシカに伝えたのは間違いだったのか? それとも、『千里眼』を使ったのが間違いだったのか? 何が原因なんだ、教えてくれよ……誰か……


 俺は頭を掻きむしった。でも、答えは出てこない、そもそも答えなんてあるのかすらわからない。


 ……はは、笑えてくるな。何が世界の果てを見たいだ。こんな体たらくでお前、本当に行けると思ってるのか? 


「……は、はは、ははは!」


 乾いた笑いが静かな部屋に響く。アメリの「リッドさん?」という不安気な声が聞こえてくる。


「ああ、失敗したんだよアメリ。きっと、俺がちゃんと出来ていなかったからこうなったんだろうな。力を手に入れても使い方を失敗していたらこうなるんだ。これなら、力なんて手に入らないままでよかったのに……」


 口が回る。まるで、俺が喋っていないような感覚がする。でも、これがきっと俺の本心なのだ。毎回どこかで失敗をする。スキルなんて、結局は使い手次第だ。どれだけいいスキルを持とうが、使い手次第でゴミに変わる。『ラベル貼り』もきっと、俺なんかに持って欲しくなかったに違いない。


 暗い思考が頭を埋め尽くしていく。心が闇に落ちていく。自虐に歯止めが効かない。


 ──そうだ、もうこの際ハルトのことも忘れよう。俺には助けるなんて無理だ。誰か、他の奴が助けに行くだろ。……シータも戻ってくるかもしれないしな。


「リッドさん、何言ってるんですか。誰だって失敗する時はあるんです! それに、私にはどんどん失敗をしていいってあの時言ってたじゃないですか……だからリッドさんだって!」


 アメリの言葉が俺の胸に刺さる。──そんなことを今言わなくてもいいじゃないか。


「あれは、強くなったことへの驕りだよ。はっきり言うとな、俺はこの能力を得て何でも出来ると思っていた。出来ないことなんてないって調子をこいていた! それがどうだ、このザマさ! もう沢山だ、これ以上俺は何もしたくない!」


 アメリにまくし立てるように言葉をぶつける。頭痛がどんどん酷くなっていく、もう何も考えられない。……考えたくもない。今、アメリがどんな顔をしているかだなんて。


「……幻滅しただろ? さっさと出ていってくれ……俺はもう一度寝る。」


 そう言って、俺はソファーへと寝転ぶ。それでも、アメリは俺の近くから動こうとしない。少し間があって、アメリはぽつりぽつりと話を始めた。それは、静かな部屋によく響く声。俺は思わず聞き入ってしまった。


「幻滅、なんてしていません。だって、リッドさんは今、疲れている、だけなんですから……それに、私だって、リッドさんがスキルを使うのを許可したんです。貴方が一人で抱えるのはおかしいんです……」


 言葉の端々に涙を滲ませながらも、それでもアメリは優しく俺に語り掛けてくれている。こんな、自棄になっている俺を救おうとしてくれている。


 俺は、身体を起こしアメリと向かい合う。アメリにはどうしても聞きたいことがあった。


「──どうして、俺なんかをそこまで信じられる? 自慢じゃないが、俺は散々無能と言われてきた男だぞ? そんな俺をなぜ?」


 アメリに疑問をぶつける。すると、アメリは近寄ってきて、俺の汚れた手を握ってくる。それを俺は受け入れた。


 ゆらめく明かりがアメリの顔を照らし、俺の目がそれを捉える。アメリの瞳は、まるで空に光る星のように煌めいている。それに俺は見惚れてしまった。


 アメリは一度、ずずっと鼻をすすってから言葉を紡ぐ。それに俺は耳を傾ける。


「正直言って、私にはリッドさんの言ってる意味がよくわかりません。何故、貴方が自分をそんなに卑下するのかも、貴方が今まで生きてきた人生でどんな苦労をしたのかも知りません」


 アメリは俺の事がわからないと言った。まさか、そんなにはっきりと言われるとは思っていなかった。でも、その分その言葉はなんだと心が感じ取った。


「でも、ここの倉庫で出会った時からの貴方なら知っています。最初の仕事を丁寧に教えてくれましたよね、私はその的確な教え方に感動しました。⋯⋯貴方は無能なんかじゃありません。もし、貴方を無能という方がいるのなら、それは貴方を知らないだけです」


 俺は、ギルドの皆と関わろうとしていなかった。ラベルを貼る能力だけしか持っていないのが、恥ずかしかったから。やがて皆はアイテムだけを置くだけで、俺と関わらなくなっていった。……そうしたのは俺だ。


「それに、美味しい店を教えてくれた時、私のことを考えて連れて行ってくれましたよね? 気を遣っていただいて、本当にありがとうございます」


 そうだ、彼女が中々話さないから話題を振ったりした。それに、その時の状況を考えて店に行ったはずだ。


「しかし、そこでの喧嘩はいただけませんよ? ギルドとは仲間であり家族みたいなものですから支え合いましょう。でも、喧嘩をしたのって私の事が貶されたからですよね? だからあれは内心ですっごく嬉しかったです」


 そうだ、俺はもう言われ慣れているけど、この子には俺のようになって欲しくなかった。だから、俺はシータに怒った。でも、アメリは心の中でそんなことを思ってたんだな……


「ジャガーボアと戦ったときも自分を犠牲にして私を逃してくれましたよね、その時に私の身を案じてしっかりと怒ってくれました。貴方の心が本当に優しいものだと気付きました」


「⋯⋯⋯⋯」 


「そして、貴方は夢を私に聞かせてくれました。それは突拍子もない話で、私は驚きました」


「……子供みたいだっただろ? 笑えるよな?」


 俺は茶化すように言葉を挟む。それに対して、アメリは首を横に振った。


「夢は誰だって持っています。貴方のは少しスケールが大きかっただけ、だから自分の夢を恥ずかしがらないでください」


 その言葉は、俺の心の大事なところに突き刺さる。目にはじんわりと熱い物が溜まってきている。


「だって、夢を聞いて私も一緒に行きたいと思いましたし……恥ずかしいですが、あの時にパートナーのことを聞いたのはそういうことです」


 アメリはちょっと照れたような声を出す。ダメだ、もう涙が堪えきれない……


「貴方の見る世界はきっと美しいんだろうな、そう思ってしまった。だから、行けるのなら貴方とどこへだって行きたい」


「俺だって、君となら……どこへだって行ける気がするんだ」


「⋯⋯そうですね。貴方は一人だと無茶をしますから私が見ていないと」


「……君だって、変わらないだろ?」


「じゃあ、きっと私達似た者同士なんですね……提案ですが、二人でお互いを見るっていうのはどうでしょうか?」


「⋯⋯そうだな、それならお互いに安心だ」


 目から涙が溢れる。心に抱えこんだ闇が、流れていく。やがて嗚咽が出始める。それはどんどん大きくなっていき止めることが出来ない……アメリはそんな俺の頭を抱きしめてくれた。


 ──しばらく泣き続けている間、アメリは無言で俺のことをあやしてくれる。やがて、涙が引き、落ち着いてから──彼女は最後にこう言った。


「世界の果てを知りたい、そんな大きな夢を持っている人がこんな小さな場所で負けるわけないです。──ですよね?」


「⋯⋯ああ。──ああ、そうだ。まだ諦めるのは早い」


 ──アメリの言葉、それは俺の心を奮い立たせてくれる言葉だった。

 

 俺は涙を拭き、顔を上げアメリを見据える。もう迷いはない。だって、俺の理解者が隣に居てくれるのだから。


【ユニークスキル『ラベル貼り』のレベルが上がりました。新たなスキルが追加されます。】


「──え?」


 脳内にいきなり声が響く。一体どうしてなのか、理解は出来ない。


「リッドさん、どうしたんですか?」 


「……スキルのレベルが上がった」


「え、なんでですか!?」


「……わからん」


 そんなこと俺に聞かれてもわからない。ただアメリと話をしていただけなのに……アメリと話したからか?


 俺は何故だか、そんなことを思ってしまう。俺のスキルが覚醒し始めたのはアメリと出会ってからだ。何か、理由が……


「──スキル、見ないんですか?」


 アメリがこちらを見てくる。それで、俺はアメリをじっと見つめていたことに気付いた。


 さっきまでのやり取りを思い出し、恥ずかしくなって俺は目を逸らす。なんだか、若い時に戻ったみたいにドキドキしている。いかんいかん、大人としての威厳を⋯⋯いや、もういいか。アメリとは対等の立場で歩みたい。


「ステータスオープン」


 俺はアメリを意識しないようにする為、ステータスを開き、そこに書いてある文字に集中しようとした。


「なんて書いてあります?」


 アメリの声に集中力がかき乱される。今気付いたが、俺とアメリは寄り添うような形になっていた。


「え、えっと……」


 ──俺はステータスプレートにある文字をゆっくりと読んでいった。

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