第二十話、結果。
「……ん、ん?」
俺がゆっくりと目を開けると、そこは真っ暗で光も差さない場所だった。ここはどこだろうか? 倦怠感を覚える頭でぼーっと暗闇を見つめていると、ゆっくりと自分のしたことを思い出してきた。
俺は慌てて、上体を起こす。ぎしり、と鈍くソファーの音が俺の下から聞こえてくる。それで俺は、あのまま執務室で寝てしまったのとわかった。
「──ぐぅっ!」
頭の全体へと響くような鋭い痛みが襲い掛かり、俺は否が応にもう一度身体を倒す。あまりの痛みに、口からは「う、ああ……」と掠れた声が勝手に漏れているのが聞こえてきた。喉も乾ききっていて、声を漏らす度にひりひりとした痛みを与えてくる。
唾を飲みこんで潤そうにも、その唾を出せない程に今の俺は乾ききっていた。まぁ、昼からずっと何も飲んでないし仕方がない、と自分を納得させる。
……あれから何時間経ったのだろうか? 今のところわかっているのは夜になっているということだけだ。身体を起こそうにも、頭が痛くて起きる気力が湧いてこない。
今のところは頭が痛いこと以外に症状は出ていないが、もっと酷い後遺症が残る可能性があったことを考慮すると運がいい方だと言える。……まだ結果を出すには少し早いか。
──ぐー。と腹の音が鳴った。昼から何も食べていないので腹が減って仕方がない。それより何よりも、水だ、水が欲しい!
ラベルで何かをしようにも、明かりがないので書くこともままならない。一体どうしたものか……
身体を動かそうにも、もぞもぞとしか動かせない。動こうとするたびに、服のべとべととした感じが肌に触り、不快感が湧いてくる。
──風呂にも入りたいな。疲れを流してさっぱりしたい。
俺は、起き上がれるようになった後のことを考える。まずは風呂に入りたいし、その後飯を食べたい。アメリを誘ってどこかに行くのもいいだろう。店は今回は俺に合わせてガッツリ目の店に行くのもいい。
今回は疲れたからちょっとゆっくりしよう、退職金もあるしのんびりでも別に構わないはずだ。
多分、アメリがいたから張り切りすぎてしまっていたな。……だから、一回休もう。
俺がそう考えていると、いきなり執務室のドアが開く音がした。驚いてそっちの方を見ると、薄い明かりに照らされて誰かが立っているのが見える。
「──誰だ?」
ここはハルトとジェシカがいる時以外は、鍵が掛かっていると誰もが知っている。なのに、入ってこようとする奴がいるだなんて思ってもいなかった。
「──リッドさん!!!」
突然、俺が何か柔らかい物に包まれる。暗くてよく見えないが、アメリの声が聞こえた気がする。
「もしかして……アメリか?」
「はい、はいっ!!! よかった、おはようございます。リッドさん!」
アメリは泣きじゃくる声を隠そうとせずに、俺に挨拶をしてくる。それよりも──
「は、早く離れてくれ! ちょっとくっつきすぎだ!」
俺はアメリに制止の声を掛ける。すると、アメリは急に慌てた声で「す、すみません! つい!」と離れていく。
「い、いや俺の方は別に気にしないんだが……今は汚れているからな、あんまりくっつかない方がいい」
「そ、そうですか」
──気まずい。何を話せばいいのかわからなくなってくる。
「そうだ、リッドさんがいるだろうと思って、飲み物と食事持ってきましたよ!」
「本当か!? アメリ、お前って奴は……」
俺はアメリの心意気に、あまりにも心を打たれてしまって涙を流してしまった。なんていい子なんだ、この子は……
「はい、パンとシチューです!」
「……飲み物は?」
「……? シチューですけど?」
シチューを飲み物と抜かすかお前は。⋯⋯そういえば、アメリはかなりのシチューフリークだったな。
「アメリ……出来れば果実水が飲みたい……葡萄の奴……」
俺は心からアメリに懇願する。こんなに喉がからっからに渇いているのに、熱いドロドロのシチューなんか飲みたくない。とにかく、今は潤いが欲しい。
「わかりました! ちょっと行ってきますね!」
そう言って、嫌な素振りを何一つ見せずアメリは外へと向かってくれる。それを見て俺は、アメリに感謝するのであった。
「──んぐ、んぐ……ぷふぁっ!」
俺はアメリから受け取った、皮の水筒に口を付けて一気に飲み干す。葡萄の甘い芳醇な香りが鼻腔をくすぐり落ち着いた気分にさせてくれる。仄かな酸味の帯びた甘さが、干からびそうだった喉と舌に潤いを与えてくれた。
喉が十分に潤ったので、パンにかぶりつく。朝から何も食べていなかったので、思ったよりもお腹が減っていたようだ。シチューもパンに付けて食べる。ん、この味はアドルフの味だな?
「──んぐ、なぁアメリ、『アトラ・リット』に行ったのか?」
俺は口の中にある物を飲み干してから聞いてみた。俺の問いにアメリは「はい!」とだけ答える。
「⋯⋯あれから一体何があったか聞いていいか?」
アメリの言葉を待っている間に、俺はパンに口を付ける。
「リッドさん、それより先に聞いておきたいことがあります」
「……?」
疑問に疑問で返されたので俺は首を傾げるしか出来ない。アメリが何故こう言ったのかを理解出来なかった。こういうことを言う子じゃなかったはずだが……
「猪を倒してから、どれだけの時間が経ったかわかりますか?」
「え、まだ夜になったばかりだろ?」
俺は窓の外を見る、アメリが持ってきた明かりに薄っすらと照らされて窓枠が見える。そういえば、昼には曇ってなかったのに月が見えないな?
「……あれからもう、2日経っています」
「──は?」
俺はその言葉の意味を理解出来ずに、手に持っていたパンを落とす。あれからずっと俺は眠っていたのか?
「な、なら! ハルトはどうなったんだ!? ……ジェシカは!?」
俺は焦りながら、アメリに結果を聞く。でも、心の奥では結果なんてわかりきっていた。俺がここにいるのが⋯⋯答えだ。
アメリは震える声で、ゆっくりと言葉を紡ぐ。それは俺の予想より酷く、俺は頭を抱えた。
「二人共、行方がわかりませんッ……今、『天空の理想郷』は崩壊寸前なんです……」
アメリの悲痛な声に、頭の奥がずく……ずく……と痛み始める。
──この痛みに、俺のしたことは間違いだったと言われているような気がした。
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