第十九話、千里眼。
「ねぇ、いい加減聞かせなさいよ! 貴方、一体何をするつもりなの!?」
スカイディアのギルドの中、誰もいない廊下を歩いている最中、ジェシカが俺に怒ってきた。それもそうだろう、恋人が危険な状況にいるというのに、冒険者ギルドに入ることもなく引きずられて、ここまで戻らされたのだ。怒るのも当たり前のことだ。
「執務室に着いたら言わせてもらう。ジェシカ、合い鍵は?」
「……持ってるけど。執務室で何をするつもり?」
ジェシカの問いに、俺は無言で返す。今はまだ人の目があるし、落ち着ける場所で早く作業がしたい。
「そういえば、ちゃんと聞くがハルトに何かあったってことで間違ってないよな?」
一応、聞いておくがこれで間違っていたら目も当てられない。
「え、ええ、そうだけど⋯⋯」
ジェシカの返答を聞き、俺は無言でジェシカを引っ張る。
「も、もう! ハルトに何かあったら責任取りなさいよね!」
俺の態度に、ついにジェシカは諦めたのか、俺を追い抜き前を早足で歩き始める。
その後ろ姿は見るからに怒り心頭といった感じだ、ジェシカの背中に俺は頷き、「──当たり前だ」と答えた。
そして、執務室の前へとやってくる。ここには三日前に来たはずだが、色々なことがあったせいでもう大分長い間来てないように思えてしまった。まさか、ギルドを退職した俺がもう一度、ここに入れるとは思いもよらなかったが。
ジェシカが合鍵で扉を開ける。少し重たい扉を開けた先は、解雇を言い渡された時と何も変わっていなかった。
俺は近くにあるソファーへと座ると、ぎしりと少し鈍い音がした。
「──で、説明してくれるんでしょうね? しょうもないことだったら怒るわよ?」
座っている俺に圧をかけたいのか、ジェシカは覆いかぶさるように俺を睨みつけてくる。その顔はもう既に怒っているのだが、触れないでおく。
ジェシカの顔が睫毛の長さまでわかる程まで近づいている。その目は殺気を放つ鋭さを持っていた。
「──そうだな、ジェシカには言っておく。そういえば、シータと俺の喧嘩の話は聞いたか? それを聞いていたら説明が楽なんだが」
「あーなんだか、噂だけは聞いたわね。確か、あんたが勝ったって与太話が流れてるって話だけど」
「それ、本当なんだ」
俺の言葉に、ジェシカの顔がきょとんと思考が停止したような顔に変わる。まぁ、誰だってそんな反応になるよな。
「──嘘」
「嘘じゃない、まぁ色々あって俺のスキルが強化されたんだ⋯⋯誰にも言うなよ?」
「ま、待って! 整理させて! あのシータが負けたって……確かに、今日はかなり凹んでいたけど」
「あ、それはアドルフの殺気を直接もらったからだと思うぞ、流石に今のあいつじゃまだ天と地ほどの差があるしな」
「よりによって『アトラ・リット』で喧嘩したのね……まったく、今度私からも謝っておかないと」
そこまで言ったところで、ハッ! と何かに気付いた顔をする。
「今の話とここに来た理由、何か関係あるの!?」
確かに、言われて気付いたが話が脱線してしまっていた。
「⋯⋯で、まぁ話は端折るが、『千里眼』というスキルを手に入れたんだ」
「……何それ? 聞いたことがないけど」
「──本で見たスキルなんだけど、その目は千里を駆け、全てを見通す。本では探し物を探すのに使っていた」
ジェシカはその説明を聞いて、「へー」と感心していた。こいつもアメリと一緒で本を読まないタイプか。
「それを使って、ハルトを探してくれるのね!?」
「ああ、ちょっとだけ負担があるんだがな……ステータスオープン!」
俺はステータスを開き、『千里眼』と書いてあるラベルを準備する。胸がバクバクなっている、気が付けば額には、おびただしい程の汗を掻いていた。
あの時の感覚が嫌でも脳裏をよぎってしまう。今度はハルトが見つかるまで外すことが出来ない。それが、どれだけの負担が掛かるのか見当もつかない。
最悪……死──。
嫌な想像をしてしまいそうになり、頭を振る。俺にはまだやることが残っている。それに、アメリとの食事の約束もある。死ぬわけにはいかない。
「……リッド、大丈夫? 顔が青いけど」
「──大丈夫だ。じゃあ今からスキルを使う。何が起きても絶対に止めないでくれ」
「えっ、ちょっと、何を!? 待ちなさ──」
ジェシカが止めようとするより先に、俺はスキル欄に『千里眼』を……貼った。
──視界が変わっていく。俺の目が瞬く間に、世界を駆け抜けていった。どこまでも飛んでいきそうなその感覚に、思わず酔いしれそうになってしまう。
自分の目が、どこについているのかもわからない。だから、世界と俺が溶けて混ざる、俺は今、世界と一つになっていた。
気持ちよくなって、視界を走らせる。なんて楽しいんだろう。猛スピードで俺は世界を駆けることが出来た。このままどこまでもいけそうだ、もしかすると世界の果てにだって……
──そういえば、俺は何をしているんだっけ? 自分の身体は、どこにあるんだ?
「──ッド!」
ジェシカの声? そうだ俺はハルトを探す為に……
「──ああああああああああああああああ!!!」
意識を取り戻すと、頭が割れていると思う程の痛みが俺を襲う。身体がその痛みから逃げようと跳ね回っているのが見えていなくても感じてしまった。まずい、一体あれからどれくらいの時間が経ってる!?
俺は今、遠くの世界を見ていた。その場所は、天まで届くかという崖の上からは水が流れていた。
雲の切れ間から水が流れ落ち、それが滝を作っている。その滝の下では人魚達がハープを弾き、唄を歌っている姿が見えてくる。この幻想的な光景が世界のどこかにあるということが、俺の胸を逸らせる。
──もっと、もっと向こうまで! そう思った瞬間、俺の脳裏に一人の少女の顔が浮かんできた。夢を応援してくれた彼女の事を。
「ア、メリ……」
彼女は俺がハルトを救うためにスキルを使うことを許してくれた。なら、こんなことをしている場合じゃない。
──俺は世界を見たいんじゃない、旅をしたいんだ!
こんなところで見てるところで、それは本で読むのとなんら大差はない、と俺は寸でのところで自分を律す。
俺の意志を感じてか、視界が遠くの世界から巻き戻ってくる。それはまるで、時を巻き戻しているかのようだった。
やがて、近くにある草原が見えた、次に森の中が見えた、──そして、その奥に洞窟があった。そこに息を殺している友を俺は見た。俺は急いでラベルを剥がす。
──その瞬間、視界が揺らいだと思うと、執務室の天井が俺の目に映しだされる。ぐわんぐわんと揺れる視界に、俺は吐き気を催したが無理矢理堪えた。ハルトの部屋を俺の汚物で穢したくはない。
「──ジェ、シカ」
俺は隣にいたジェシカに、見えた物を伝えようとするが、上手く呂律が回らない。視界がどんどんと狭くなってきている。意識を手放してしまいそうになるのを必死に耐える。
「森──奥にどうく──」
どこまで言えたのかはわからない。でも、ちゃんと伝わったはずだ……だって、ハルトが選んだ女性なのだから。
──俺は目を閉じて、ゆっくりと休むことにした。
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