第十八話、緊急。

「お、重い……」


 猪のあまりの重さに、俺は小言を吐いてしまう。猪の体躯は俺の2倍以上、重さもそれ相応にある。


 俺達は今、街に向かって歩いている最中だが、これでは途中で力尽きてしまいかねない。


「り、リッドさん大丈夫ですか?」


 アメリが心配してくれるが、猪が猛毒を持っている以上、これは『状態異常無効』を付けている俺にしか出来ないことだった。しかし、腰が痛いな……これが終わったらしばらく休みが欲しいところだ。


「ふぁ~、リッドがんばってね~」


 カミラはお気楽な形だけの応援をしてくる。その声に欠伸が混じっていることをみるに退屈なのだろう。


 それも仕方のないことだ、俺は今重い荷物を抱えていて牛歩の速度でしか進めていないのだから。


「……やっぱり、捨てていくかこれ?」


 俺は肩に背中に乗せている猪を見て呟く。草原にこいつが出たという証拠の為に連れているのだが、いなくても別によさそうだ。


「だめだよ、リッド。一応使える部位が少ないとは言え亜種のジャガーボアなんだから。使い道なんて一杯あるんだからね」


 カミラの目は笑っている。見るからに金に目が眩んでいる……まぁ、手伝ってもらったし何割かは渡してもいいが、運ぶのを手伝えと言いたい。例えば、物を軽くする魔法とか使えないのか……ん? 軽くする?


「……あ、いいこと思いついた」


 俺はさっき使った『浮遊』のラベルを猪に貼る。するといきなり猪が軽くなった。


 自分の時に試したが、『浮遊』のラベルはその場に留まるといった性質を持っている。最初からこれを使えばよかったと心の中で後悔した。


「ねぇ、リッド……そろそろ聞いていいかな? 何、そのチートスキル」


「……あ」


 そういえば、カミラ相手に何も警戒せずに使ってしまっていた。まぁ、状況が状況だけに仕方ないとも言えるが。


「アメリちゃんは知ってるの?」


「はい、なにせパーティーメンバーですから!」


 アメリは誇らしげに胸を張る。その姿を見て、カミラは何やら意味ありげに「ふーん」と呟く。


「どうしてそうなったか聞いてもいい? 後、何が出来るのかも」


「い、いいけど……なんでだ?」


 先程から真面目な面を見せるカミラに俺は戸惑ってしまう。いつもは飄々としているのに、たまに厳しい顔を見せるのが何故だか怖く感じた。


「いや、ね……今回の話ってリッドがキーマンになりそうだからさ」


 ──前を見ながら、カミラはそう言う。俺はその横顔を見ながら、これまでの経緯を話していくのであった。


「……なるほどねぇ」


 カミラに伝え終えると、カミラは頬に手を当てて何やら考え込み始め口数が少なくなる。必然的に俺達の会話も無くなり、街に着くころには全員無言になっていた。




「まずは冒険者ギルドに行こうか」


 俺達は街に辿り着くなり、まずは冒険者ギルドへと向かうことにした。この異常事態を早く報告をしなくてはいけない。それに、服も汚れているし、街中を猪を連れて歩き回りたくなかった。……要するに早く帰りたい。


 街の大通りを三人と一匹が歩く。その途中で、俺を見た周りの奴が驚いているのに気付かないフリをしていた。何をそんなに驚いているのだろうか? 猪の大きさか、それとも俺の服の汚れか。


「あんなでかい猪を軽々と⋯⋯あいつ何もんだ!?」


 違った、どうやら見た目がでかい猪を軽く持っている俺を見て驚いているようだった。ここままでは、俺が力自慢として噂されてしまうかもしれない。それは勘弁願いたかった。


 皆の視線を浴びながら、冒険者ギルドの前まで来る。もう一生分の注目を浴びたような気がして生きた心地がしない。こんなに見られることは人生で初めての経験だった。


 俺はギルドの前に猪を横たわらせ、中に入ろうとして思いとどまる。服が汚れているのが気になる。これ以上注目を浴びたくない。


「……カミラ、ギルドマスターを呼んで来てくれ」


「えー、何で私?」


 考えごとをしていたカミラはこっちに視線を向け、明らかにだるそうな声で聞いてきた。


「アメリ一人でこんな中に行かせられるか!」


「リッドってば過保護過ぎ、それじゃアメリちゃんの成長の機会を奪い兼ねないよ?」


「わかったわかった、次から気をつけるから行ってくれ」


 正論だが、こんな所での成長機会なんぞいらん。それに、あの逃げた男がいる可能性もある。そんな所にアメリは行かせられない。


「はいはい、まぁ運んでもらったしこれくらいはやりますか……」


 やるとは言いながらもぶちぶちと小言を喋る背中を見送りながら、俺は地面に腰を落とし一息吐く。今日は色々あって疲れた……もう帰って休みたい。


 見れば、アメリも横に座り始めた。猪に触らないように俺から少し距離を空けてだが。


「リッドさん、今日は疲れましたね……」


「ホントにな……朝はこんなことになるとは思ってもいなかった」


 アメリはクスクスと笑う。よかった、もういつもの彼女だ。


「本当に……リッドさんが朝倒れそうになってた時は驚きましたよ」


「こっちはアメリが、猪の突進を受け止めようとしたのに驚いたからお互い様だな」


 言い合いをし、二人で笑い合う。こんな落ち着いた空気が久々に感じる程、今日は濃密な一日だった。


「どうする、今日も一緒にご飯を食べに行くか?」


「いいですね! またリッドさんにお任せしてもいいですか?」


 俺はアメリの言葉に頷く。さて、今日はどこにしようか⋯⋯まずは、服を着替えに帰るところからだな⋯⋯


 そんなことを考えている俺の耳に、聞き慣れた声が聞こえてくる。


「──はぁ、はぁ、ハルト! ハルト聞こえる!?」


 冒険者ギルドの前にはジェシカが走って来ていた。かなり慌てているところを見ると何かが起こったようだ。


「ジェシカ、どうした?」


 気になった俺はジェシカに声を掛ける。すると彼女は驚いた顔で、俺の方を向いた。ここにいる俺にすら気付かない程に、彼女は切羽詰まっているようだった。


「……リッド、それにアメリも」


 ジェシカ肩で息をしながら、泣きそうな顔で俺達の名前を呼ぶ。一体どうしたのだろうか? それにさっきハルトの名前を呼んでいたことが気になった。


「……何があったんだ?」


 俺の問いに彼女は逡巡した表情を見せる。しかし、数秒した後に毅然とした態度へと変わった。


「ダメ、言うことは出来ない。これは『天空の理想郷スカイディア』の問題だから。部外者である貴方や、幹部でないアメリには何も言えないの……ごめんなさい」


 ジェシカは頭を下げる。今はもう下を向いていて見えないが、最後に見えた顔は泣き出しそうな顔をしているように見えた。


「……ハルトに何かあったのか?」


 俺は当たりを付けてジェシカに聞いてみる。ジェシカは何も答えない。ある意味それが答えとなっていた。


 さっき、ジェシカがハルトの名前を呼んでいたのは魔導具を使っていたのだろう。──そして、それが切れたのだ。


 ジェシカがここにいるということは、冒険者ギルドに助けを請いに来たはずだ。それは、捜索願いか戦闘要請か⋯⋯


 ──俺に出来ること、か。


 一応、俺にはハルトがどこにいるかわかる手段が一つある。ただ、問題はそれを使うと間違いなく倒れてしまうということだが……俺はアメリをちらりと見る。


「アメリ、すまない。を使っていいか?」


 ⋯⋯考えるまでもない。ハルトが危なくなったのなら俺が動かなくてどうする。


 もしかすると、彼女は俺を心配して止めてくるかもしれない。その場合は、違う手段を考えないといけないのだが⋯⋯


「⋯⋯いいですよ」


 俺の予想とは裏腹に、アメリは苦笑いで肯定してくれる。


「⋯⋯なんで許してくれるんだ?」


「だって、きっ同じ立場だったら私だって同じことしますし!」


 アメリはにこやかに笑い飛ばした。要するに、俺達は根っこのところでは似た物同士なのだ。


「⋯⋯すまない、今日の晩飯は行けなさそうだ。埋め合わせはまたいつか」


「今度、奢りますね!」


「逆に奢ってくれるのか、優しいなアメリは」


「だって、頑張った人には労うのが当たり前だと思いますから!」


 俺達は笑いながら話し合う。俺の能力を知らないジェシカは、複雑な表情で俺達のことを見ていた。いきなり話に置いていかれたので困惑しているのだろう。


「じゃあ、ちょっと行ってくる。アメリはここでカミラを待っていてくれ」


「──はい、行ってらっしゃい、リッドさん!」


「ちょっ、ちょっと何が何だか! それにリッド、これはウチの問題だって……」


「違う、これは俺の友人の問題だ。だから早く行くぞ。ここじゃ目に付くからな」


 困惑したままのジェシカを引きずるように連れながら、『天空の理想郷』を目指す。あそこなら絶対に誰も来ない場所がある。そこなら倒れても安全だ。


「……ハルト待ってろよ。すぐ見つけてやるからな」


 俺は、いなくなったハルトに対してそう呟いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る