第十七話、カミラの秘密。

「リッドー、本当にこいつやったの? いきなり起き上がって来たりしない?」


 カミラが猪の死骸をおっかなびっくりといった様子でつついている。


「ああ、ちゃんと俺のレベルも上がったし間違いない。でも、猛毒状態になっているから気を付けろよ」


「ほーい」とカミラは気の抜けた返事をした。本当にわかってるのかこいつは……ナイフを持ちだしたけど猪の毛皮を剥ぐつもりじゃないだろうな?


「アメリもカミラを止めてくれ、俺一人じゃ全然……アメリ?」


 アメリの方に向くと、彼女は下を向いたまま泣きそうな顔になっていた。何が原因でそうなってしまったのかわからない。


「どうした、どこか怪我でもしたか?」


 アメリに聞いても首を横に振るだけで、何も答えてくれない。俺は記憶を振り返ってみる、いくつか思い当たることがあった。


「アメリすまないな、口が悪くなってしまって……あの時は咄嗟の事でいい言葉が思い浮かばなくてな……」


 もしかすると、俺がアメリにバカ野郎と叫んでしまったことが原因かと思った。しかし、アメリは顔を横に振る。どうやらこれも違うようだ。


 俺が困っていると、やがてアメリは顔を上げて俺を睨むような目つきで見つめてくる。まさか、そんな目で見られるとは思ってもおらず、俺は怯んでしまう。


「違いますっ!!! リッドさんは悪くありません!!! う、うっ……私が、悪いんです……」


 言葉を吐いて、気持ちが決壊してしまったのか、アメリは泣きじゃくり始める。俺は慌ててアメリに駆け寄った。アメリはまだ言葉を続ける。


「私が、先走ってしまったから……リッドさんに、迷惑が……」


「気にするな、アメリが動かなければあいつは死んでた」


 性格を知った後では助けない方がよかったかもしれないと邪な気持ちが湧くが、あの時点でわかるわけがない。助けていなければ寝覚めが悪くなりそうだ。


「でも、あの人は助けるべきじゃ──」


 俺はそれ以上言わないように、アメリの口に手で蓋をする。彼女の口からそんな言葉を聞きたくない。


「アメリ、一言だけ言っておく。助けてはいけない命なんてないぞ。お前が救いたいと思う奴は全て救っていいんだ」


「──でも!」


 アメリの言葉を遮るように俺は言葉を続ける。


「お前は若いからな、どんどん失敗していい。尻拭いは全部俺がしてやる。俺達はパーティーだろ?」


 アメリは息を飲み、目を見開く。言葉が出ないのか俺の言葉に頻りに頷いている。よかった、わかってくれたようだ。


「それにな──お前の行動力が俺は羨ましいんだ。どうも歳を取ると保守的に考えるようになってしまってな……お前がいてくれて助かる。だからそのままでいてくれ、頼む」


 俺が優しく言ってやると、アメリの泣き声はどんどんでかくなっていく。俺は彼女をあやすように頭を撫でてあげる。


 こうしていると、本当の娘みたいに思えてくるから困ってしまう。俺達はパーティーだってのにな。


 しばらくすると、アメリは少しずつ落ち着いてきたみたいで安心した。


「ごめんなさい、リッドさん……」


「もう謝るな、大丈夫だ」


「リッドさんの言葉を守れなくて……」


 アメリは心の底から謝っている。一体なんのことだろう?


「アドルフさんか、カレリアさんって言われたのに……カミラさんを連れてきてしまいました……」


「ちょいちょーい! アメリちゃーん!? 助けたお姉さんに酷くない!?」


 多分、アメリにはカミラを貶めているといった気持ちはない。俺の言葉を守れなかった罪悪感に苛まれているだけだ。


 アメリが首を傾げていることからそれも窺える。ただ、この流れが面白いのでせっかくだから、俺は乗っかってやることにした。


「アメリ、やっていい失敗と悪い失敗がある。今回は後者だ」


「⋯⋯はい、すみません」


「リッドも文句言ってんじゃないわよ! 私が来て助かった癖にー」


「一歩間違ってたらお前に殺されてたけどな!」


 トドメを刺すのがカミラか猪の違いだ。一歩間違えたらどっちにしろ死体になっているところだった。


「でも、なんであんな風になったんですか?」


 アメリが純粋な曇りの無い目でカミラに聞いている。


「聞きたい? お姉さんの必殺技を!」


「──必殺技!?」


 あ、ダメだ、カミラに騙されている。だって、アメリの目がきらっきらしている。もう、本当に騙され易いんだからこの子。


「アメリ、騙されるなよ。俺が説明してやる」


「えー私の技なのにー」


 カミラがぶーぶー言っているが無視だ無視。人を騙そうとする奴に言わせてたまるか。


「単純にな、こいつの魔力が一般の魔法使いと比べると桁違いにでかいんだ」


 俺はカミラに指をさしながら説明する。カミラは不貞腐れているのか、あさっての方向を向いたまま頬を膨らませていた。それを無視してアメリとの会話を続ける。


「桁違い……ですか?」


 アメリは首を傾げる。どうやらピンとこないようだ。


「ああ、俺もあんまり覚えていないんだがな……カミラ、アメリが聞きたいようだが」


「別にいいよーリッドが言えばー」


 あ、不貞腐れてやがる。はぁ、まぁ俺が続きを言うか。


「確か5倍は違ったんじゃなかったか?」


「8倍!」


 カミラが結局訂正する。訂正するなら最初から言えばいいのに。


「それと、あの詠唱破棄が何か関係あるんですか?」


「ああ、それなんだけどな。詠唱はこいつにとって枷なんだよ」


「──枷」とアメリはオウム返しで俺と同じ言葉を呟く。俺はその呟きに頷く。


「詠唱っていうのはな、本来普通の魔力を持っている魔法使いが、己の魔力を放出する為の枠組みを作るものなんだ」


 アメリはふむふむ、と頷いている。興味深々といったその顔に俺は内心笑ってしまった。


「だから詠唱を失敗すると魔法も失敗するんだ、それは魔力が少ないから。でも、魔力が元々高ければ?」


「──枠組みは邪魔になる」


 アメリは正解を言い当てる。やはり彼女は賢い、教えれば教えただけちゃんとついて来る。


「そうだ、今回のこいつがしたことをもう一度言うとな、炎の指向を与えただけの魔力の塊をぶつけたんだよ」


 これはこいつしか出来ない芸当だ、だが周りのことをもっと考えて欲しい。せめて、3か4節までは詠唱をちゃんとして欲しいところだ。


「ちなみに、前の『アトラ・リット』を壊したのもそれが原因だ」


「──え?」


 原因はアドルフから聞いて知っている。それを聞いて、カミラは苦笑いをした。


「あはははは、あれは参ったわ! お酒を飲み過ぎたせいで呂律が回らなくなるとは思ってなくてねー!」


「そもそも喧嘩で魔法を使うなって話だけどな……」


 カミラは「確かに!」と言いながら地面を叩き馬鹿笑いをし始める。断言しよう、こいつはまたやる。そういう女だ。


「まぁ、これでカミラの話は終わりになるけど……わかったか?」


「はい、わかりました! 参考にはなりそうにありませんでしたけど!」


 参考にしなくていい、カミラが二人になったら街が滅ぶ。それだけは間違いない。


「まぁそんなことよりさ、こいつ持って早く帰ったほうがいいかもね」


 カミラが猪を見つめながら、真面目な言葉で俺に警告をしてくる。そういえば、今更だがおかしなことが一つあった。


「一つ聞いていいか? そういえば、なんでお前がここにいるんだ?」


「え、それは私が……」


「アメリ、こいつは今の時間、店で働いているはずなんだ」


 アメリが自分が呼んだと言いかけるがそれは違う。そもそも、こいつは『アトラ・リット』で働く契約をしている、普段なら今頃店で掃除をしているはずだ。


「何があった? 冒険者ギルドからの任務なんだろ」


 俺はジャガーボアをもう一度見る。こいつは亜種なのは間違いない。なら疑問が湧いてくる。


 カミラは何も答えない。この感じは、多分ギルドから緘口令が敷かれているはずだ。なら、俺の予想は正しいのだろう。


 ⋯⋯この猪は自分より強い奴から逃げてきた。


「じゃあ、カミラ言わなくてもいい、身振りだけで答えてくれ⋯⋯冒険者ギルドはその正体を掴んでいるのか?」


 カミラは俺の言葉を聞き首を横に振る。俺はその事実に身体を震わせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る