第十話、スキルの後遺症。

「う、うぅ⋯⋯」


 俺は痛みで疼く頭をさすりながら、帰りの道を歩いていた。


 結局、何も見つからずに手ぶらで街へと戻る羽目になってしまった。レベルが上がったので無駄な時間ではなかったが見つからなかったのは心残りだ。


 しかし『千里眼』によると、少なくとも剣はあの草原にはなかったことを示していた。では一体、誰があの剣を拾っていったのだろうか? 


「くそっ⋯⋯痛ぇ⋯⋯」


 考え事をしようとすると、頭痛が更に酷くなっていく。泣き言が口から漏れているのにも気付かない程に、今の俺は弱っていた。


 ずく……ずく……と鈍い痛みが、頭の芯の方で脈打つように蠢いている感じがする。身体はふらつくし、視界はフィルターを被せたかのように不透明だ。


 これがただ捜し物をする為だけに負ったモノだと考えるといたく滑稽な話だと思う。自分のことなので全然笑えた話ではないが。


「アメリのとこへ行かないと……」


 頭痛のせいで頭が回らない。アメリのことが頭に浮かんだので、ふらつく身体に鞭をうち、ギルドへの道を這いずるような速さで歩いた。






「──あ! リッドさん来ましたね! ……どうかしました?」


「いや……少し実験をしてな……」


 ギルドの倉庫に着くとアメリが迎えてくれた。その顔には心配といった感情が浮かんでいるのを見て、俺は無理矢理笑みを作って安心させようと試みることにした。


「……言いたいことは色々ありますが、一度座ってください」


 彼女の顔は次第に怒りの表情へと変わっていく。それが何故だかわからない。それでも、彼女に座ることを促されたので、俺は床に座ろうとした。


「──あれ?」


「リッドさん!?」


 その時、俺の目に映る世界がぐるりと回った。身体から力が抜け、姿勢を維持出来ずに床に身体が落ちていく、これは『エクスカリバー』を使った時の後遺症に似ていた。違うのは、俺の意識が落ち切らずに残っていること。


 床の冷たさを肌に感じ、身体が冷えていく様を味わう。


「──ッドさん! ──ッドさん!!!」


 ぼんやりとした意識の中で、アメリが必死に俺の名前を呼び掛けてくれているのがわかる。それでも、俺は返事をすることすら出来ない。


 ──大丈夫だアメリ。少し休めば治るから⋯⋯


 俺は朧気にしか見えなくなった視界で、アメリの存在を見続け、力が入らなくなりつつある手を彼女の頭に乗せてゆっくりと撫でた。


 彼女は俺にされるがままに頭を撫でさせてくれた。こうしていると、何故だかやけに心が落ち着くのがわかった。


「リッドさんのバカ……」


 その言葉が耳に残る。確かに、俺は馬鹿だ。パーティーを組んでくれと言ったのは俺なのに、まだ何もしていないうちから彼女に心配をさせている。


 今度から何をするにしても、彼女に一言伝えた方がいいかもしれない。俺はぼんやりと彼女のことを考えながら、回復するまでを待った。






「──はい、異議申し立てはありませんか?」


「……ありません」


 あれからしばらく時間が経ち、まともに動けるようになった俺は、すぐさま彼女に詰問されてしまった。そりゃもう、怒られに怒られまくった。それは自業自得なのだけど。


 しかし、怒られたとはいえ罵倒はされなかったのは彼女が優しいからだと思う。……別に罵倒されたいわけじゃないぞ、勘違いしないで欲しいがそういう趣味はない。


 その後、彼女は俺に条件を課した。その条件とは、実験は二人いる時に行うこと。


 わかったのだけど、俺が一人で実験をすると、どうもブレーキが効かないように見える。多分、これは今まで報われてこなかった反動で、早く強くなりたいという想いがタガを外しているのだと考えられた。


「実際、俺一人よりアメリがいた方が助かるよ」


 俺がそう言うと、彼女は照れたような顔で「えへへ」と笑った後、ハッ! としてまた怒った顔に変わった。


「そんなこと言っても今回のことは許しませんからね!」


「……はい、すみませんでした」


 年下の女の子に早くも尻に敷かれている気がする。ここは年上としての威厳を見せないといけない。そうしなければ、パーティーとしての主導権を奪われてしまいそうだ。


「さて、この話はこのくらいで終わらせるとして……今日の仕事は終わったのか?」


「あ、話変えましたね? はぁ……もういいです。終わってますよ」


 さっきはちゃんと見れなかったから確認出来なかったが、今見るとちゃんと仕事が終わらせてあった。これなら今日の仕事はもう終わりと言ってもいいだろう。


「うん、これなら合格だ。それにしても凄いな、一日でここまで完璧なんて」


「清掃や物の整理は昔たたき込まれましたからね……」


 アメリが暗い顔をしたので、俺は首を傾げる。実家にいる時の話だろうか?


「さ、そんなことより今日からパーティー始動ですよ! まず何をしましょうか?」


「あ、すまない……その前にマスターのところに顔を出すとする。寮の鍵も返したいしな」


 アメリがガクッと肩を落とす。すまない、せっかく意気込んでいたのに梯子を外すようなマネをしてしまって。


「わかりましたよ……早く終わらせて来てくださいね!」


「ああ、そんなに時間はかからないはずだ。少し待っていてくれ」


 俺はアメリにそう伝え、執務室へと向かうことにした。






「……いないのか」


 執務室の扉をノックしてみるが反応が無い。普段、ハルトはこの部屋で事務作業に追われている。だから大体いつもこの部屋に来るとハルトに会えていた。


 珍しいことに今日は用事なのか外に出ているようで、俺はそのことにため息を吐く。ハルトには俺が道を歩み始めたことを伝えておきたかった。まぁ、仕方ないな……これも巡り合わせというものだ。


「──あら、リッドじゃない?」


「……ジェシカか」


 俺が肩を落としていると、女の声が聞こえてきたのでそちらを向く。すると、このギルドの副マスターをしている女がこちらを見ていた。


 少し吊り上がった、いかにも性格の悪そうな目。それが彼女のコンプレックスなのを知っている。常に怒っているように見えるが、心は優しい女だ。


「貴方、こんなところで何をしてるの?」


「ちょっと、マスターに話があってな」


 俺の言葉に、ジェシカは何かに思い当たったようだった。そして、俺にこう言ってくる。


「退職金の話かしら?」


「ちげぇよ……でもその話は詳しく聞かせてもらおう」


 どや顔で言ってくるが、全然一ミリもかすっていない。しかし、貰える物は貰っておきたいので話は聞いておきたい。


「ちょっと待ってね……あ、今ねリッドが執務室前にいるんだけど」


 ジェシカが俺をそっちのけで、独り言を喋り始めた。これは彼女が電波を受信したわけではなく、スキルを使ったものだ。


 彼女は指輪に話掛けている。これは、アメリとも話したことがあるが、冒険者ギルドによるパートナー枠のご祝儀である。


 ジェシカは先月、ハルトとパートナー枠を登録した。要するに、ハルトの妻ということだ。


「──うんわかった。じゃあね、愛してるわハルト」


「おい、俺がいるの忘れてないだろうな?」


 俺の前で堂々と言わないで欲しい。正直言って凄く気まずい。ジェシカは何故か勝ち誇ったような顔でこちらを見てきた。くそっ、独り身である俺への当てつけか!?


「で、マスターはなんて?」


「事務係に渡してあるだって、鍵を返す時に受け取ってもらえるようにって言ってたわ。本当は直接渡したかったらしいけど、緊急の用事が出来たって」


「緊急? なにか新種のモンスターでも?」


「さぁ?」


 俺の問いにジェシカは手を広げ、肩を竦めた。そこまでは詳しく聞いていないみたいだ。もしかすると、ハルトも妻に心配をかけさせまいとしているのかもしれないと踏んだ。


「わかった、ジェシカ、今までありがとうな。後はハルトをよろしく頼む」


 これはハルトの友人としての言葉だ。それを聞いて、彼女はふふんと笑った。


「もちろん、貴方に言われるまでもないわね! それより、貴方も元気でやるのよ! ハルトの友人が情けないことになったら私も困るんだから」


「へいへい」


 なんだかんだ言って俺のことも心配してくれる辺り、ハルトはいい女の人に巡り合えたのだとほっとした。あ、それと言っておかないといけないことがあったな。


「そうだ、俺の代わりに倉庫番に来たアメリって子。あの子と俺、パーティーを組ませてもらうけど大丈夫か?」


「え、アメリと!? へぇ、そうなんだ。あの子とねぇ……」


 ジェシカの顔が笑みを含み始める。それはただ、からかいというより興味を持ったといった感じだった。俺はジェシカの言葉に疑問を持ち、首を傾げる。


「まぁそうね、貴方なら大丈夫そう。それじゃあ、アメリをよろしく頼むわ。私は仕事に戻るから、頑張ってね!」


「あ、ああ……またな」


 去っていくジェシカの背中を釈然としない気持ちのまま見送る。そして、その背中が完全に見えなくなってから事務室へと移動するのだった。

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