第十一話、冒険者ギルド。

「──はい、これで手続きは完了です。お疲れさまでした」


 事務室で手続きを済ませると、事務員は部屋の奥へと行きパンパンに膨れ上がった袋を持ってくる。麻で出来たその袋は、見てわかる程に金が詰められていた。何気なしにそれを見ていると、事務員は俺にその袋を手渡してくる。


 それを手に取ると、ずしりとした重みが手に伝わってくる。しばらく、そのまま持ったままでいると事務員は「こちらが退職金となっています」と言ってくる。それでようやく、この袋が俺のものだという実感を得た。


「……え、こんなに?」


 ただの雑用だけしかしてこなかった男に対しては多すぎる退職金に困惑してしまう。


「何かの間違いでは?」


 慌てて事務員に問いただすも、事務員は頬をぽりぽりと掻き、俺から目をそらして「んー」とバツの悪そうな声をあげる。


「マスターからの指示なので、私に言われましても……」


 それはそうだ、この人だってハルトが言ったことに従っているだけなんだ。俺がここで意見をしても何も変わらない、これ以上はこの人を困らせるだけ……か。


「すまない、ありがたくいただいておく」


 そして、俺はその袋をどこにしまうか思案している時に、事務員が声を掛けてくる。


「──後一つ、マスターから伝言を言づかっています」


「……ハルトから?」


 俺が名前を出すと、事務員は一つ頷き口を開く。


「果てへの旅路、健闘を祈る、と」


 事務員は淡々とした口調でそう言った。しかし、その言葉に俺の身体は震える。それは、俺が昔ハルトに語った夢の話で伝えた言葉だった。


「──確かにいただいた」


 しっかりと、その言葉を胸に刻みつけた。ハルトは、俺が冒険者になると思っている。もしかすると、昨日の『アトラ・リット』での一件を誰かから聞いたのかもしれない。


 ハルトが俺の背中を押してくれたのだと、そう思って嬉しくなった。


「ありがとう、ハルト……」


 俺は、ハルトへの感謝を口にして、スカイディアから立ち去ったのだった。






「──リッドさん、どうしたんですか? 気分よさそうですけど」


 俺はその声でアメリに視線を向けた。横に並んで歩いていたアメリは首を傾げながらこちらを見ている。


「いや、なに。少しいいことがあってな」


「ふむふむ、なるほど……リッドさんは気分がよくなると鼻歌を歌うんですね……」


「え、俺歌ってた!?」


「はい、普段見せないようなにこやかな顔でふんふん歌ってました!」


 アメリの説明に俺は恥ずかしさで、彼女から目を背けてしまった。顔が熱い、多分今俺の顔は真っ赤に染まっているはずだ。


「ふふ、リッドさんって面白いですね!」


「こら、大人をからかうんじゃない! もう着くから大人しくしろ!」


 俺は、目的地が目の前に見えてきたこともあって、アメリに真面目になるように呼び掛ける。すると、彼女はびしっと敬礼をして「はい、リーダー!」と言ってくる。誰がリーダーだ、誰が。


 そんなやり取りをしていると、目的地である冒険者ギルドの前に着く。ここに来た理由は、俺の冒険者登録をもう一度するのと、退職金を預けいれる為だ。


 本来は依頼を受けるべきなのだろうが、今日は依頼よりもアメリと戦闘の訓練をする方が先決だと思っていた。連携をする上で、アメリの戦い方も見たい。


 それに、今は懐も潤っているし、しばらくは金を稼がなくても安泰だろう。ハルトには本当に感謝しかない。


 俺とアメリはギルドの中へと足を踏み入れる。すると、ギルドの中の熱気が俺の身を包んだ。まるで、『アトラ・リット』で見聞きするような喧騒が中では繰り広げられていた。


「依頼どうするよ!?」「少し上の魔物行ってみないか?」「護衛の依頼か、条件を言ってくれないか」「ひゃははは、びびってんじゃねぇぞ!」「腹減ったー」「あ、やんのか、おい!?」


 冒険者同士の会話が耳に入ってきた。どこにいても冒険者というものは変わらないらしい。


 俺がやれやれと思っていると、後ろから俺の背中に手が当てられている感触がした。いきなりのことに驚いてそちらを向くと、そこにはアメリが俺のすぐ後ろに隠れるように引っ付いていた。不安混じりの表情を見るに、どうやら冒険者ギルドが少し怖いようだ。


「どうする、外で待っているか?」


 一応聞いてみると、少し青い顔をぶんぶんと横に振って俺と一緒にいる意思を見せてくる。俺はそれを見て頷き、受付カウンターの方に向かった。


「あの、すみません。サポーター登録から冒険者登録に変えたいんですけど」


 受付の男に声を掛ける。男は受付に似つかわしくない初老の男で、精悍な身体付きを見ると元々は冒険者だったのかもしれない。


 男は俺の声に気付くと、面倒そうな顔をこっちに向けてくる。


「はいはい、ちょっと待ってくれ。おーい、サポーターの資料を持ってきてくれ!」


 男は、後ろの部屋に向かって声を飛ばす。すると、少し遅れて「はーい!」と女の声が聞こえてきた。


 ドタドタガタガタ! と部屋の中から物凄い音が漏れてきているが、男は気にもしていない。俺は部屋の中がどうなっているのか凄く気になるが、男は慣れているようだった。


「はぁはぁ……お、おまたせぇ、しましたぁ!」


 しばらくした後、眼鏡を掛けた女が部屋の中から出てくる。その髪はぼさぼさになっており、手入れがされていなさそうだ。それに息が荒い、一体どんな探し方をしたらそうなるのか?


 俺がその女をじっと見ていると、横から剣呑なオーラを感じる。ちらりと横を見てみると、アメリがこちらを見ていた。その目つきは少し険しい、一体何を思っているのかわからない。


「⋯⋯どうした?」


「なんでもないです!」


 そう言って、プイっと目を逸らす。なんとなく怒っている気がするのだけど、理由がわからない。年頃の娘の扱いに困る父親の気持ちが少しわかった気がした。


「えっと、名前は?」


 アメリと話していると、男が資料に目を通し始めていた。俺は慌てて自分の名前を伝える。


「リッドナー・ヴェルファーストだ。」


「リッドナー……あー、『天空の理想郷』の」


 男は何かに気付いたようだ。そして、俺の名前を見つけたのかそこに書かれている紙を取り出してカウンターに置く。


「これがサポーター登録の用紙だ。ここの部分を消して、その下に冒険者と書いてくれ」


 俺はペンを取り、男の指示通りに作業をする。そして、男はもう一度確認をしてから「OKだ」と言って頷いた。


「これでお前は晴れて冒険者だ。一応説明はいるか?」


「大丈夫だ、問題無い」


 短いやり取りを男と交わす。そして、男はカウンターの下から手のひら大の板を取り出す。そこにはFと書かれている。


「これがお前の階級を表すものだ。まぁ頑張れ、おっさん」


「あんたもおっさんだろ」


 その板を取りながら、軽口を交わしあう。すると、男は「ははは、違いねぇ!」と大きな笑い声をあげた。その快活な笑い方は見ているこっちも気持ちよくなるもので、思わず俺も「ははは!」と笑ってしまっていた。


「あんたとはこれから長い付き合いになりそうだな、よろしく」


「そうかい、俺はお前みたいなやつと付き合いたくねぇよ!」


 俺が握手を求めると、男は苦言を吐きながらも握手に応じてくれた。受付だろう、もっと愛想よくできないものか?


「あ、そうだ。あんたの名前は?」


「そういや、言ってなかったな。俺はカレリア・バーニス。そんでこのギルドのマスターをやっているものだ」


「……は?」


 俺が受付と思っていた男はどうやらこのギルドのマスターだそうで、俺は口をぽかんと開けるしかなかったのだった。

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