第九話、草原にて。
「ふぅ……こんなもんか……」
俺は貸し出された部屋を隅々まで綺麗にし、一息ついていた。『清掃』の効果は絶大だった。あっという間に綺麗になっていく部屋を見て、喜びを見出してしまう程には。
「意外と性に合っているかもしれないな」
冒険者業が出来なくなったとしてもこれで食べていける程の力はありそうだった。老後は掃除代行をするのもありかもしれないと考えてしまい、すぐに頭を振る。
「いや、違う違う。冒険者をする前からこんなことを考えていてどうする」
ダメだった時の保険を考えてしまうのは、歳を取ってしまったせいかもしれない。これでは、何かを選択しなければいけないときに飛び込むことが出来なくなる。
冒険者とは常に何かに選択を強いられるものだと思う。身一つで危険に飛び込むこともざらにあるはずだ。今からこんな気持ちでは先が思いやられる。
「よし、草原に行くか!」
俺は気合を入れ直し、ギルドに行く前に草原へと行き剣を回収しに行くことにした。ついでにレベル上げも出来るかもしれないし一石二鳥だ。
「さて、何にしようかな……」
そして俺は、実験の為に出しっぱなしとなっていたステータスプレートとにらめっこをする。俺は好きなスキルを自分に付与出来ることが今回わかった。ならば、一度草原に行く前に試めしておくべきだと思った。
「──こんなもんか」
満足のいく出来に、俺は鼻から大きく息を出す。多分、顔には満面のにやけ顔が浮かんでいることだろう。
今の俺のスキル欄はパンパンになるほど詰め込まれていた。『剣術』や『魔術』に始まり、『身体強化』『鑑定』など強くなるスキルを一杯貼っておいた。こんなにスキルを持っているのはこの世界で俺だけに違いない。
もう一度間違いはないか確認をした後、ステータスを閉じることにした。その後、目に映った光景に俺は素っ頓狂な声を上げてしまう。
「……はぁ?」
さっきまでステータスプレートがあった空間にラベルだけが残り、その後全部床へと落ちてしまった。あまりの驚きに思わず思考が止まってしまう。
「一体何が起きて……ハッ!? ステータスオープン!!!」
慌てて、もう一度ステータスを開き確認をしてみる。そこにあったのはラベルを貼る前のまっさらなスキル欄だった。
慌ててラベルを床から拾い、スキル欄に付け直しプレートをしまう。それでも結果は同じだった。
俺は諦めきれず、五回程同じことを繰り返し、これ以上しても無駄だと悟り、肩を落とした。
「……どうして」
床に落ちたラベル達を見て、俺の口からは嘆きの言葉が出てしまった。とんとん拍子にことが進むと思っていた。これで道が開けると思っていた。それなのにこんなのはあんまりじゃないか。
心がどんどんと冷えていくのを感じたのを、それでも、と心を奮い立たせて抗う。俺の冒険はまだ始まってすらいない。それなのに、諦めてどうする。
「──前を向け、リッド。何もなかった時よりマシだろうが」
そうだ、ただの倉庫番だった俺はもういないんだ。これからは一人の冒険者として立たないといけない。こんなところでへこたれている場合じゃないだろうに。
「……それに、スキルのことならなんとかなるはずだ」
俺は、さっきの『清掃』を使った時のことを思い出す。掃除の時、確かにスキルは起動していたのだ。ラベル貼りの欠点をカバーする方法、それはスキルプレートを出しっぱなしにするということ。
「スキルのストックを作っておくか」
そして、俺はラベルにスキルのストックを作る方法を思いつくのであった。
太陽が真上に差し掛かろうとする頃、俺は草原へと出てきていた。丘から流れてくるそよ風が火照った身体に気持ちいい。
今日はもう、既にモンスターを三匹も討伐している。ビビッていた昨日とは違い、今日はスキルがあるお陰で余裕で戦えていた。今も目の前を這いずっているスライムに狙いを定めているところだ。
「──ふっ!!!」
狙いが定まったのと同時に、手に持っていた短剣を投げつけた。すると、短剣は吸い込まれるようにスライムの核へと突き刺さった。
一瞬、スライムがびくりと痙攣したと思うと、そのままドロリとまるで潰れたゼリーのように地面に広がる。しっかりと倒したのを確認してから、短剣を取りに死骸の方へ向かうことにした。
短剣を引き抜こうとすると、ぬめりとした感触が手に伝わってくる。
短剣にはスライムの粘液がまとわりついている。今日一日が終わったら武器の手入れをしないとすぐに使い物にならなくなりそうだ。
【レベルが上がりました】
スライムの死骸から短剣を引き抜いた途端、頭の中で声が鳴り響く。それを聞き、出しっぱなしになっているステータスを見ると、レベルが4に上がっているのを確認できた。
「パラメーターは上がってない……と」
レベル4に上がったが能力は一向に向上していない。レベル1から比べても、どこが変わったのかわからない程だった。
今までレベルを上げてこなかったからわからなかったが、こんなに強くならないものなのだろうか?
「それにしても、この武器とスキルの組み合わせは使い易いな」
俺は街から出る前に買った短剣を見てみる。本当はロングソードが欲しかったのだが、予算の都合でこれしか買うことが出来なかった。
スキルはそれに合わせて『短剣術』と『投擲術』をセットしている。このスキルセットなのは、遠間から敵を倒すことが出来るならそれが一番安全だと思ったからだ。
本当は魔法も使ってみたかったのだけど、パラメーターが低いせいか発動すら出来なかった。これは後々を期待するしかない。
「……というか、こんなことやってる場合じゃないんだけどな」
俺は周囲を見回す。ここに来た本来の目的は、剣の束探しなのだ。
それなのに目的のものがまったく見つからないまま時間だけが過ぎていた。そろそろギルドに行かないとまずい時間になってきそうだ。
「この辺りのはずなんだけどな⋯⋯」
俺は草の消えている辺りをずっと探し回っていた。それが、俺がこの辺りで倒れたという目印だ。
「それに、何かを忘れている気がする……なんだったっけな⋯⋯」
昨日は色々なことが起きたせいで、記憶が曖昧なところがある。しばらく思い出そうとするが思い出せないので、すっぱりと諦めることにした。またそのうちに思い出すに違いない。
「──そうだ、スキルを使ってみるのもありか」
確か『千里眼』の使い手は捜し物が得意だと聞いたことがある。その話は眉唾物だが一度試してもいいかもしれない。
早速、俺はラベルに文字を書き、スキル欄に『千里眼』を貼りつける。すると、視界がぼやけ始めた。
「な……んだこれ……」
『千里眼』の効果を使いこなせていないせいか、必要のない情報まで目で拾ってしまい、頭の中にそれが流れ込んでくるのを止められない。
「う、ああああああああ!!!」
頭が熱を持ち始め、ズキズキと痛みを覚え始める。それが加速度的に強くなっていくのを感じて、俺はすぐさま『千里眼』のラベルを剥がした。
「くっ、はぁ! はぁはぁ……」
視界が元に戻っていくが、頭の痛みは収まらないままだ。俺は大きく口で呼吸をし、呼吸を整えた。
「はぁ、はぁ……ふぅ、これは封印したほうがよさそうだ」
このスキルは効果が強すぎだ、ずっとつけていると廃人になってしまいかねない。この能力を持っている奴は元から脳の作りが違うのだろう。
それよりも、さっきの一瞬でわかったことがある。そっちのほうが今の俺には大事だった。
「──剣はどこに行ったんだ?」俺は首を傾げながら疑問を口にする。
『千里眼』を使った結果、この草原に俺の探していた剣が無くなっていることがわかったのであった。
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