第七話、パーティー。

「⋯⋯?」


 俺が聞き返したことで、アメリは首を傾げている。傾げたいのはこっちの方だ。


「もう一度言いますね、パーティーを組みません?」


「え、俺と二人で?」


 俺の言葉にアメリは頷く。え、なんでいきなり? こんなおっさんのどこに組みたいと思う要素があったのか……。


「あ、もしかして、他に組む人がもういるとか?」


 俺は首を横に振る。いや、そんな奴はいないし、これから出来る予定も無い。俺は近いうちに旅に出る。俺の夢に誰かを付き合わせる気なんてなかった。


「よかった! じゃあ、一緒に組みましょうよ!」


 いや、そもそも男女二人きりのパーティーとか、俺が覚えている限り恋人同士で登録するものだったはず!


「やめておけ」


 俺はアメリの両肩に手を置いて、彼女をじっと見据える。彼女はきょとんとした無邪気な顔で首を傾げているだけだ。これは多分、自分の言ったことの意味を理解していない。


「なんでですか?」


 彼女は、曇りが一つも存在しない、純真無垢な瞳でこちらのことを見ている。なんて澄んだ目をしているんだ……。


 今はこの目が怖い。彼女をあまり傷つけないように自身が言ったことの意味について教えないと……。


「──いいか、アメリ。よく聞け」


 そして、俺は必死に言葉を紡いで、彼女に自身の言ったことの意味を教えることとなった。


 最初はふむふむと聞いていた彼女だったが、途中から顔を真っ赤にして、最後は「わああああああああああああああ!!!」と発狂を始めた。


 ……ここが住宅街じゃなくて、本当によかったと思う。


「──というわけだ、わかったか?」


「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」


 俺が説明を終えると、頭をブンブンと振りながらアメリは謝ってきた。


「アメリ、落ち着け大丈夫だ」


 彼女を落ち着かせるため、ゆっくりと彼女に語りかけるように伝える。すると、彼女の動きはピタリと止まり、深呼吸をし始めた。


 ようやく落ち着いた彼女の顔は、恥ずかしさのせいか、真っ赤に染まっている。


 それを見て、俺はからかい半分に「登録してみるか?」と聞いてみた。


「……リッドさんっていじわるですね!!!」


 俺の言葉を聞きアメリは怒ってきた。どうやら、からかい方を失敗してしまったようだ。


 でも、なんだかその姿が面白くて思わず笑ってしまった。


「ははっ、すまんすまん!」


「なんだか、子供扱いされている気がします……」


「……そんなことないぞ?」


 その的を得た言葉に俺はぎくっとしてしまった。もし、自分に娘がいたらこんな感じで会話していたのかなと考えていたところだ。


「本当ですか? それはそうと、変なことを聞いて本当にごめんなさい⋯⋯」


 ようやく落ち着いたアメリが、改めて俺に謝ってくる。その姿を見て律儀な子だなと感じた。どんな教育をされてきたのだろう? それが少し気になった。


「全然かまわないぞ、知らないことは誰にだってあるから仕方ない。まぁ、俺以外の奴に言わなくてよかったんじゃないか?」


 アメリが他の奴に言っていたら、喜んで登録する奴の方が多いだろうな。そこからなし崩し的にアメリを……いかん、これ以上考えると見ず知らずの奴に殺意が湧いてきそうだ。


 今日一日を共にしただけで、彼女に対する保護欲が自分の内側から溢れてくるのが感じられた。この子は俺が守らねばならぬ。


「はい……そうですね」


 アメリは悲しそうな顔になっている。俺はそれを見て慰めの言葉を考えた。……よし、これにしよう。


「でも、アメリの気持ちはわかったよ。そうだな、俺が旅に出るまでの間だけだが仮パーティー、やってみるか?」


「……え、いいんですか?」


 アメリの問いに俺は頷く。実際に一人でレベルを上げるよりも、誰かがいた方がいい。

 

 でも、俺の普段の姿を見ている奴は組んでくれないだろうと思っていた。そこにアメリから助けの船が入ったのだ、これはありがたい。


「こっちこそ、誰かと組みたいと思っていたところだったからな。明日からよろしく頼む」


「はい、よろしくお願いします!」


 アメリはお辞儀をした後、俺と視線を交わす。その顔には、満面の笑みが浮かんでいた。 






「──それじゃあ、おやすみ」


「はい、リッドさんおやすみなさい!」


 アメリが泊まっている宿の前で、就寝の挨拶を交わす。


 あれから俺は、寮へと帰る前にアメリを宿へと送り届けることにした。流石に夜道を一人で返すのは危険だと思ったからだ。


 ──しかし、本当にここに泊まっているのか?


 俺は、宿を見てそう思ってしまう。だって、暗くて外観がほぼ見えないにも関わらず、ボロ宿だとはっきりとわかってしまう程に酷いのだから。


 確か、この宿は俺が子供の頃からあったと記憶している。アメリがこの宿で寝泊まりしていることに少し驚いた。


 ──この子はなぜ、こんな宿で寝泊まりしているんだろう?


 寮があるのに、ここに泊まっている理由がわからない。彼女の境遇が少し気になってしまった。親はこの子がここに泊まっていることを知っているのだろうか?


 ──まぁ、彼女にも事情があるはずだし、俺が口を挟むことでもないか……


 それを聞くのは流石に野暮だと思う。相手の事情に深入りするのは、困ったことになった時でいい。


「リッドさん、どうしました?」アメリが首を傾げながら俺の顔を覗き込んでいた。


「⋯⋯宿のことを考えてた。俺も泊まれる宿を探さないといけなくなってな」


 俺は咄嗟に嘘を吐いた。君のことを考えていただなんて言えない。それに、この宿が気に入っていたら聞くのは失礼だ。


 俺の言葉にアメリが破顔した。心なしか目が輝いているように感じられる。


「ならここに泊まりましょうよ!」


「……え?」その返しは予想おらず、俺の口からはとぼけたような声が出てしまった。


「ここ、安いですよ!」


 そりゃ、そうだろうな、というかこんなボロ宿、高かったら誰も泊まらないだろ。俺はそんな事を考えながらこう答えた。


「か、考えておく」


 とりあえず、この場を誤魔化すために当たり障りのない言葉で濁しておくことにした。とりあえず、この宿に泊まる気はない。


「知ってる人が近くにいると安心しますし、リッドさんが近くにいると落ち着くというか……」


「わかった、この宿に泊まろう」


 アメリのはにかんだ顔を見て、俺の口からは無意識に言葉が飛び出していた。後悔はない。彼女にこうまで言われて断るのは男が廃るというものだ。


「じゃあ、明日荷物をまとめてこの宿に泊まることにする。だから、また明日なアメリ」


 そう言って、アメリに伝えておく。俺の顔が知らずのうちに緩んでいるのがわかった。


「はい、明日からお願いします。リッドさん!」


 ──こうして、俺達は同じ宿に泊まることになったのであった。




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