第四話、『アトラ・リット』
「そうだ、アメリは何が食べたい?」
帰り路、アメリに食べたい物を聞いてみる。今日の夕食は彼女へのお礼も兼ねている、ならば彼女の食べたい物を優先した方がいいだろうと考えた。
それに、彼女がさっきから一言も発していないのが気になった、もしかすると緊張しているのかもしれない。まぁ、親程歳が離れたおっさんに話掛けるのは勇気がいるよな。
こういう時はこっちから話を振ってあげるに限る。そうしないと、ずっと無言のまま解散となりそうだった。せっかく一緒に食べに行くのだから楽しんで欲しいと思う。
「……リッドさんのオススメがいいですね」
「なるほど、そうきたか」
そう言われて頭に思い浮かんだのは十件。この中で今の条件に当てはまりそうなのは……
「うるさいけどシチューがうまい店か、静かで肉がうまい店、どっちがいい?」
俺は二択まで絞ってみた。アメリが肉の気分じゃない可能性もある。こういうのは、ちゃんと聞いておいた方がいい。
「シチューって、どんなのが揃ってますか?」
(お、食いついてきた)
心の中でにっこりと笑う。食というのは老若男女問わず関心を示す話題なのだ。これならば世界中の誰とでも話が出来ると豪語している。
「そうだな……とりあえず肉、魚、野菜の全部揃っている。オススメはサーモンのシチューだな。あの程よく脂ののった魚にシチューを絡めて食べるのは最高だよ」
「その店にします!」
「ははっ! 了解!」
アメリの迫真な言葉に俺は思わず笑ってしまう。このやり取りでわかったのは、彼女は冒険者にしては珍しく、裏表の無い人物だということだった。
「早く行きますよ!」
「はいはい、って速いな! もっとおっさんを労わってくれ!」
アメリがずんずんと先を歩き始めたので、俺は必死でついていく。……彼女は意外と足が速くて驚いてしまった。
「──ここだ」
俺とアメリは今、店の前で看板を見上げていた。その店の名前は『アトラ・リット』。ここは俺の行きつけの店だ。と言っても、ここ二か月は来てなかったが。
「こんなところに店があったんですね」アメリは辺りをキョロキョロと見回している。
きっと、郊外にポツンと店があるのでおかしく感じたのだろう。本来この店は住宅街にあった店だ。それが今、こんなところにあるのには理由があった。
「姉ちゃん、酒持ってこい!!!」
「なんだ、てめぇ! やるのか!?」
「がはははははは!!! 面白いじゃねぇか! その喧嘩、買った!」
外にいるにも関わらず、中の喧騒が聞こえてくる。相変わらずこの店の連中は馬鹿騒ぎをしているらしい。
この店の客層は大半が冒険者。まぁ、それが毎日毎晩、馬鹿騒ぎをしていた。住宅街の住人は夜中、静かな夜に鳴り響く雑音に苛立ちを募らせていた。
そんな最中、一つの事件が起きてしまった。酔っぱらった魔法使いが店を爆発させてしまったのだ。店は粉々、更に住宅街にも被害が出てしまう。もちろん住人は猛抗議。
その結果、めでたくこの僻地へと追いやられてしまったというわけだ。ちなみに、その魔法使いは大金を支払う為にこの店で働いている。
「すごいですね……」
アメリは中の喧騒に対して感想をぽつりと漏らした。もしかすると、気圧されてしまったのかもしれない。
「すまないな、もっとちゃんとした店に連れていってやりたかったんだが……」
普段なら女の子を連れてこんな所に来ないが、今は状況が違う。この店を選んだ最大のポイントはドレスコードにうるさくないところだ。
今の俺とアメリはお世辞にも綺麗じゃない。かと言って、風呂や清拭をしに家に帰ってしまうと気を遣ってアメリは来ないだろうと確信している。
「でも、シチューが美味しいんですよね」
「ああ、間違いない。この店は冒険者を相手にしてるからな、その分、味には気を使っているんだ。ほら、こんな奴らにまずい料理を提供したら暴れ出すだろ?」
俺が肩を竦めたポーズを取ったのを見て、アメリはくすくすと笑い「なるほど」と呟く。
「後な、この店をよく利用している俺がいる。安全面は気にしないでくれ。店長とは知り合いだしな」
「それなら、行きます」
「では、行きましょう。お嬢様」
俺はアメリに手を差し出しエスコートする。彼女は俺の指を握り「お願いします、リッドさん」と言ってほほ笑む。これで少しは緊張がほぐれてくれるといいのだが。
──そして、俺達は店の中へと足を踏み入れた。
「ここに座ろうか」
「はい!」
壁際に席が空いているのを見つけ、そこに腰を下ろす。こういう店では真ん中に座ると目をつけられやすいので、いつも端に座ることにしている。
「アメリはシチューとパンでいいか?」
アメリは頷く。それを見て、俺は給仕を呼ぶ為に手を上げた。この店では店員に声が届かないことがよくある。だから、こうやって手を上げて店員を呼ぶのがルールとなっていた。
すると、一人の店員がこちらを見つけて寄ってくる。というか、こいつは……
「リッド、久しぶりね! 元気にしてたかしら?」
店員は俺の席に着くなり、元気のいい声で俺の名前を呼んでくる。こいつが件の魔法使いなのだが、大量の借金を抱えているとは思えないくらい底抜けに明るい。どういう神経をしているのか長い付き合いなのによくわからない奴だった。
「カミラ、久しぶりだな。どうだ、借金は返し終わったか?」
「まだ全然よ~、後二年ってところ」
カミラは肩を竦めて、やれやれといった感じのポーズを取る。こいつ、自分が悪いと思ってないんじゃないか? 俺が内心で呆れていると、カミラの視線がアメリへと向けられていた。
「で、この子はなに? リッド〜まさかこんな若い子に手を出したんじゃないわよね?」
その言葉からは、興味津々といった感情が読み取れる。アメリのことを上から下まで舐めまわすように見ていたので、彼女を守るように俺の手で遮った。
アメリは「え、あ、あの……」とどもりながら困惑をしていた。カミラの視線はこんな純粋な女の子に向ける物ではない。
「いらん詮索をするな、彼女は俺の恩人だ。それだけでいいだろ」
「ふーん、まぁいいや。あんまり話し込むとオーナーに怒られるしね。じゃあメニューは?」
俺の態度に興味を失ったのか、いつも通りの飄々とした彼女に戻った。こいつに怒っても受け流されるだけなので、「はぁ……」と露骨に一息ついた後、注文を始めた。
「俺はいつもので、この子にはサーモンのシチューとそれ用のパンをくれ。後はそうだな……アメリ、酒は飲めるか?」
「あ、お酒はあまり好きじゃないです……」
「じゃあ、グレープのジュースを彼女に」
「はいよ。じゃあ、ごゆっくり~」
カミラは俺にウインクをしながらカウンターへと戻っていく。あいつ、絶対に何か勘違いしてるだろ。まぁ、害がない間は勝手に思わせておけばいい。
「よし、後は料理が届くのを待つだけだな」
「そうですね……」
さて、後は料理が来るまでの時間を話をして潰すだけだ。何の話題を振るか……
「──あ、そうだ。リッドさんに聞きたいことがあったんです」
「ん、何を聞きたいんだ?」
俺が話題を決めている最中に、急に話を振られて困惑してしまう。アメリから俺に聞きたいことってなんだろうか。仕事のことはもう全部教えたし、特に何もないはずだけど。
「あの光の原因って、知ってます?」
予想もしていない言葉に俺の身体は硬直した。そうだ、アメリはエクスカリバーの光を見て、俺を見つけたんだったな。
(⋯⋯言うべきか?)
言ったところで、こんな非現実的なこと信じてもらえるだろうか? ラベルを貼れば伝説の剣が大量生産出来るだなんて世迷い事を。
すぐに返答することが出来ずに、時間が過ぎていく。ここで急に話題を変えるのも不自然極まりない。どうするのが正解なのかがわからない。
俺が迷っている間、アメリは首を傾げていた。なんだろう、彼女を見ていると普通に受け入れてくれそうな気がする。そんな安心感がこの子にはある。
「……実は」
「はい、料理お待ち!」
俺が意を決して話そうとしたタイミングで、目の前に料理とドリンクが置かれた。声の方を見ると、カミラが不満あり気な態度で中央のテーブルを見ている。
「⋯⋯何があったんだ?」
「あいつらに尻を触られたのよ! くそっ、魔法が使えたらぶっ飛ばしてやるのに!」
「やめとけ、また店を壊すのがオチだ」
俺はカミラを諫めるが、内心では腹を立てていた。こいつが来たせいですっかり話す機会を失ってしまった。……せっかく覚悟を決めたのに。
アメリの方を見てみると、彼女の視線はシチューへと注がれていた。心なしかキラキラしているのはそれほどシチューが好きな証拠だろう。
「……食べるか」
「はい、いただきましょう!」
話は食べ終わった後にでも出来る。今はこの出来立ての食事を食べるのが先決だ。そう思い、俺達は食事を開始した。
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