第三話、君の名は?

 ──ラベルを何にでも貼れる? 確かに凍ってる物とかには貼りづらいけど大体何にでも貼れるだろ?


 俺は自分のスキルの意味を考え続けていた。理解能力に乏しいのか、書かれている内容がまったく理解出来ない。


 ──しかし、この『書いた物の効果を得る』ってどういうことなんだ? もし、この剣に伝説の剣の名前を貼ったらその能力を得るって意味か? ⋯⋯まさかな。


 自分自身の考えたことに現実感が伴ってこない。それは当たり前だろう、だって自分のスキルに発展形があるだなんて、今まで考えたことすらなかったのだから。


「……試してみるか」


 ──ゴクッ。と生唾を飲み込み、俺は震える手でラベルの束から一枚剥がす。こんなに緊張するのは人生で初めてだ。さっきのスライムとの戦闘なんかとは比べ物にならない。


 ラベルに字を書きこんでいく。俺が今回書き込もうとしているのは『エクスカリバー』、御伽噺に出てくるような伝説の剣。スキルの説明通りなら、これを張り付けた物はエクスカリバーになるという事である。


 指が震えるせいで字が多少歪んでしまったけど、しっかりと書くことが出来た。それを、俺の剣に貼り付ける。しかし、見た目は何も変わらない。武器屋で買った、銀貨二枚の安売りの剣のままだ。


 そのことに少しがっかりする。これでは本当に成功しているのかどうかもわからない。……あまり期待しすぎない方が精神衛生上いい気がしてきた。


「よし、振ってみるぞ。エクス、カリバー! ⋯⋯なんちゃって」冗談混じりで軽く剣を振ってみる。


 ──その瞬間、剣の刀身から光が溢れた。熱を帯びた光が奔流となり瞬く間に草原を走っていく。


 光はどんどんと大きくなっていき、俺の視界全てが光で埋め尽くされてしまった。


【レベルが上がりました】


 脳内で声が鳴り響くが、その言葉は俺の意識まで届かない。それよりも、目の前で起きている非現実的な光景に圧倒されてしまっていた。


 やがて光はゆっくりと消えていく。その後に残ったのは草を消滅させられ、剥き出しになってしまった地面。


 どこまで光が届いたのかはわからない、ただわかるのはかなりの範囲を光が飲み込んだという事実だけ。そして、その光は俺が放った。


「──嘘だろ?」


 じわじわと意識が現実へと帰ってくる。今の一撃は間違いなく『エクスカリバー』によるものに違いない。


 持っているはずの剣が軽くなっていることに気付き、そちらを見てみる。剣は束から先が消えていた。きっと、伝説の剣の力に刀身が耐えきれなかったのだろう。


 ここまで来てようやく、俺の能力が本物であることを自覚した。身体が震え、鳥肌が立つ。叫びだしたい衝動を我慢しきれず、大きく口を開いた。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」


 叫びと共に握り拳を作り天に掲げる。ここまでの苦労を思い返してしまい、目からは涙が溢れていた。


 ようやく……ようやく俺にもチャンスが訪れたのだ。これが泣かずにいられるだろうか?


 もう、『無能のおっさん』とは呼ばせない。そんな俺はここで捨てていく。ここを人生の転機とすると自分に誓った。


「はぁ、はぁ……あれ……」


 胸の中の空気を全部吐き出し、力が入り過ぎていた身体を脱力させた。すると、視界がぐらりと揺れて、地面が近づいてくる。


 鈍い痛みと共に、冷たい感覚を頬に感じた。どうやら地面に倒れてしまったみたいだ。思いっきり叫んだせいだろうか? 

 

 立ち上がろうとしても身体に力が入らずに立ち上がることが出来ない。それに、視界もどんどん暗くなっていく。


 どうしてこうなってしまったのだろうか、一体俺の身体に何が起こって……。


 そこまで考えたところでこうなった理由に思い当たった。少し考えればそれは当たり前のことだ。


「⋯⋯伝説の武器を振るった代償か」


 これが俺の出した答えだ。ただの一般人が伝説の剣を振るって無事でいられるわけがない。それに、剣の効果を俺は知らない、ノーリスクであんな攻撃を放てるとはとても思えなかった。


 ──もっと身体を鍛えないとな。


 そんな事を思いつつ、薄れていく意識を必死に保とうと足掻いてみる。しかし、その思いは叶わずに、俺の視界はゆっくりと闇に飲まれていくのであった。






「──ん」


「あ、気付きました?」


 気が付いた俺の耳に、誰かの声が聞こえてくる。どうやら、俺の傍に誰かがいるようだ。


 今の状況がわからない。気を失って倒れていたはずだが……まさか!


 地面に寝そべっていた俺は弾かれたように上体を起こす。気を失う前に見たものがあまりにも非現実すぎて夢かと思ってしまった。


 そのことが杞憂だったことは、地面に残った跡でわかった。それを見て俺は胸を撫で下ろした。


「うわっ、びっくりした……急に起きて大丈夫なんですか?」


 声の方を見ると、赤い髪の少女がそこに座っていた。それは、今日ギルドで仕事を教えた子だった。


「えっと……どうして君がここに?」


「近くで凄い大きい光が見えたので……」


 答えは簡単な物だった。確かに、あの光は目を惹くに違いない。俺が同じ立場なら間違いなく一緒のことをしているはずだ。


「そうしたらリッドさんが倒れているじゃないですか、だから起きるまで待ってたんです」


 彼女は言い終わった後に、笑顔を浮かべる。それは、そうするのが当たり前だと思っているかのようだった。


 今の時刻はわからないが、辺りは少し暗くなってきている。俺が倒れたのは昼過ぎのことだ。きっとこの子は長い時間俺のことを守ってくれていたんだろう。


 ──もし、気絶している間にスライムが覆いかぶさっていたら……。


 その姿を想像してしまい、身震いをした。俺は彼女の優しさに救われたのだ。


「ありがとう、君のお陰で命拾いをした。何かお礼をさせてもらいたいのだが」


「いえいえいえいえいえ!!! 当たり前の事をしただけですから!」


 俺が感謝の言葉を伝えると、彼女は慌てて顔をブンブンと高速で横に振る。その姿がなんとなく微笑ましく思えた。


「でも、長い間拘束してしまっただろ? その分のお返しをしないと」


 こういう事はきちんとしないと気が済まない性分なのは、俺が歳を取ったからだろうか? 年齢が下の子に一方的に何かを与えられるのは何となく嫌なのだ。


「いえいえ、そんなこと……悪いですよ……」


「……仕方ないな」


 下を向いてしまった彼女に、これ以上善意を押し付けるのははばかられたので、俺は服に付いた土を払いながら立ち上がる。


 ──ぐー。


 そんな俺の耳に、腹の音が聞こえてきた。ここには俺と彼女しかいない。ちなみに、腹の音は俺ではないことだけは言っておく。


 視線を彼女の方へと向けると、手で顔を隠していた。耳が赤くなっているところを見るに、よっぽど恥ずかしかったのだろう。


 その可愛さに思わず笑いそうになってしまうが、「んんっ!」と咳をすることで気を紛らわせる。これ以上彼女に恥をかかせるわけにはいかない。


「あー腹減った。そろそろ飯食わないと……」


 ちらりと女の子の方を見ると、彼女は指の隙間からこちらを覗いていた。


「一人で食べるのも寂しいから付き添いが欲しいんだけど……来てくれるか?」


 問いかけてみると、彼女はしばらく逡巡した後、コクリと頷く。ようやく了解を得ることが出来たと内心でガッツポーズする。


「じゃあ、行こうか……えっと」


 俺は座っている彼女へと手を伸ばす。そこで俺は気がつく。


「……名前を聞いてなかったな。君の名は?」


 彼女は、俺の手を握ってからそれを支点にして立ち上がり、俺に向き直る。


「そういえば、まだ言ってませんでしたね。私の名前はアメリ。アメリ・シュミットです!」


 彼女──アメリは満面の笑みでそう答える。


 これが、長い付き合いとなる、アメリの名前を始めて知った日となった。

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