美恋

@karlv__u

NEWSさんのチャンカパーナ オマージュ作品です

 深夜のバス、どこに行くかわからないままふらりと乗り込んだ。どこに着くのか、今ここがどこなのか、そんなことどうでもよかった。君が好きだと言ったから染めずに伸ばした黒髪。今日は付き合って3年だった、忘れていたのか忘れたふりをしたのかあなたは私との待ち合わせには来なかった。その代わり、甘いミルクティーのような色のカールがかった髪の女性と楽しげに笑っていた。さっきまで命よりも大切だった黒髪、彼の笑顔を思い出して涙を浮かべる。今すぐにでも切ってしまいたい、いっそ私もこのまま。こんな恋になるならしなければよかった。いつのまにか窓に映る外の景色は煌びやかな都会とは打って変わっていた。

 どのくらい経ったか、好青年という感じの20歳前後の男性が身一つで乗り込んできた。バスはかなりガラリとしていたが、彼は私の3つ隣を選び腰を下ろした。暫くしてその男性が私に声をかける。

「あの、いきなり、すみません。あの、お姉さんこれからどちらに?」

『えっと、決まってなくて、実はどこ行きのバスなのかも知らなくて…』

「なら、それなら僕と一緒に次の駅で降りませんか。」

ナンパは気持ち悪いと言う印象でついて行くはずが無いと、ついて行くやつは馬鹿だと思っていたが傷心していたからだろうか、それとも彼が好青年のような面持ちだったからだろうか。私は、迷うことなくついて行った。


 バスを降りてしばらく歩いた。街灯のない町で静かに煌めく星と、1つの大きな月が町を照らす。それも相まってとても心地よく、初対面のはずなのに、自分のことを話し尽くした。彼氏の好きだった所、ずっとずっと我慢して彼の好みでいようとした事、今日あったこと。彼は相槌をうちながら聞いてくれた。一通り話終わったのを見計らって彼は口を開く。

「美しい恋にするから、約束する。だから、君に触れさせて、もっと知りたい」

彼氏に貰ったキラキラと装飾されたどんな言葉より彼の真っ直ぐな言葉が嬉しかった。ふと手が触れ合う。それに紛れて私たちは手を繋いだ。月夜だけが照らす、2人の時間、どうか誰にも見つからないで、2人きりで溶けていきたい。心からそう願った。

 見つめあって手を絡める、2人の熱が混ざり合う。月の光が窓から差し込み彼の顔がよく見える。しっかりした眉、スッと通った鼻筋、バランスが取れた綺麗な配置、美青年だったが少し伸びた髭がとても男らしい。私は彼に身を委ね、月の光に見つからないように口付けで息を潜めた。


 目が覚めるとそこに彼はいない。彼と過ごした知らない町の知らない部屋とは違う、見慣れた部屋。思い出したくもない彼氏との思い出の詰まった部屋。彼がいた気配もない。整っていてはだけていない服、寝癖が申し訳なさそうにしている黒髪、私は彼がこの世にいないことを悟った。時計は15時を指していて寝過ぎからか頭が少し痛む。少し顔を出す太陽に惹かれて外に出た。昨日会ったであろう彼のことを思い浮かべる。おそらくあれは悪い夢で、私は現実の彼氏と夢の彼、1日に2回も失恋をした。意味がわからない。私だけ、なんでこんなに。そんなことを思いながら誰もいないしずかな公園を横切る。家で1人なら声を上げて泣いていたかもしれない。ふと空を見上げるとグレーで今にも泣き出しそうな空だった。私みたいで少し嫌だ。もっと晴れてくれてればいいのに、と感傷に浸る。いきなり後ろから誰かに声をかけられ、我に帰る。

「お姉さん、いきなりごめんなさい。これからどちらに?予定がなければなんすけど俺と一緒に来てくれませんか?」

昨日の彼ならいいのになと、彼が言ったであろう言葉を思い出して答える。

『美しい恋に、してくれるなら』

男は

「約束するって言ったでしょ?忘れてないよ。」

と微笑むと同時に風が吹き抜ける。整った顔と風に吹かれた彼の髪を見て、なんだか少女漫画のようだなと思った。いつの間にか子供たちが何人かで鬼ごっこを始めていて、賑やかになった公園を2人で横切って帰路につく。

 月あかりが静かに照らす夜、私たちはまた息を潜め、他の誰にも見つからないように身を隠した。

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