第531話 予想外
これから始まる戦闘は、試験とは関係がない。
それなのに、エトワールは試験の時より楽しそうで、気合も入れている。
もう、やらなければならないとリヒトは腹をくくり、杖を握る。
ビジョンは、いまだに怯え、後ろに下がった。
「あっ。あの、大丈夫ですか?」
「だ、だだだ、大丈夫、ですよ」
「無理だけはしないでくださいね」
ニコッと微笑み、リヒトは前を向き集中する。
エトワールの隣に移動して、耳打ちをした。
「私は、カガミヤさんと戦うみたいに、援護に集中する形で大丈夫ですか?」
「大丈夫だけれど、攻めれる時は攻めてくれると嬉しいわ」
杖を握り直し、フフッと笑うエトワールを見て、「私、いらないかも」と、苦笑い。一歩後ろに下がり、一応魔法を出す準備をした。
後ろで怯えているビジョンは、自身の手首にある黒い髪ゴムを見る。
悲し気に目を細め、顔を上げた。
「また、僕は姉貴に……」
呟くと、ピィィィイイと、試合開始の合図が鳴り響いた。
「
キロンニスが複数の火の玉を作り出し、勢いよくエトワールへ放つ。
全てをギリギリで躱し、杖を構えた。
魔法が来る――――そう思ったキロンニスは、再度「
「
リヒトが水のシールドを作り出し、エトワールを守る。
ドカンと、シールドに当たった。
黒煙で視界が遮られた中、エトワールは何を思ったのか、地面を蹴り黒煙から飛び出しキロンニスへと走りだした。
なぜ、いきなり走り出したのかわからないが、もう炎魔法を放てる距離はない。
手を伸ばしてきたエトワールに、杖を振るった。
地面を蹴り、後ろに跳ぶ
杖を避けたエトワールは、顔を上げ笑った。
なにかを仕掛けられた。
そう思うが、キロンニスは何も変化がない杖や体に首を傾げた。
顔を上げ、エトワールを睨む。
「何を仕掛けた」
「へぇ、気づかないのに、警戒は解かないんですね。やっぱり、さっきのお言葉は撤回します。貴方は、素晴らしい教師だ」
杖を振り上げたかと思うと、エトワールは魔力を込めた。
「
高々と宣言した魔法。
その魔法は、リヒトも知らない。何が起こるのかと思いきや。
「――――な、なんだ?」
「…………テヘッ。見誤りましたー!! 貴方、私より魔力が多いみたいですねぇ~」
予想外な事態に、この場にいる全員が唖然。
後ろで怯えていたビジョンですら、目を開き驚いている。
「それなら、仕方がありませんねぇ~」
後ろに下がり、杖を握る。けれど、魔力は込められない。
何を考えているのかわからず、キロンニスを含め、この場にいる人皆困惑した。
「何を考えているんだ、貴様」
「何も考えていませんよぉ~。でも、諦めたわけではありませんので。さぁさぁ、戦闘を続けましょう?」
ニコニコと楽し気に笑うエトワールに、キロンニスは怒りと言った感情はなく、警戒を高めた。
その事にも、エトワールは楽しくて仕方がなかった。
「…………お前、本当に受講生か?」
「受講生ですよ? 他に何があるんですかぁ~?」
「魔法のセンスや相手を見る目。それだけではなく、冷静に判断できる頭と、なにより、経験とセンス。ただ者ではないとは思っていたが、見た目と年齢が一致していないんじゃねぇか?」
そこまで言われるとは思っておらず、エトワールはきょとんと目を丸くした。
逆に、リヒトが動揺してしまい、息が詰まる。
エトワールはなんて言うのか、どのように誤魔化すのか。
リヒトは、自分が余計なことを言わないように口を塞ぎ、エトワールを見る。
「――――女性に年齢を聞くなんて酷いですねぇ。確かに経験は他の人より豊富かと思いますよ、波乱万丈な日々を過ごしてきたので。ですが、そこまで気にするような事でもないかと? 冒険者に似たような事をして来ただけですよ」
すべてが嘘と言う訳ではない。
サラッとそんなことを言える神経に、リヒトは安心するのと同時に、モヤモヤする感覚が胸を占めた。
キロンニスは怪訝そうな顔を浮かべながらも「まぁ、そうだな」と、魔力を杖に込め始めた。
「
炎のガトリング砲を発射。
エトワールは、顔をひきつらせた。
「リヒトさん!! シールドを!!」
「
エトワールを囲い、シールドを張る。
だが、ガトリング砲は予想外な動きを見せた。
エトワールに向かっていたはずの炎の玉は、急に曲がりリヒトへと向かった。
すぐに魔法を切り替えられないリヒトは、自分に向かう炎の弾に反応できない。
体が反射で動かず、逃げられない。
エトワールも、「やばっ」と走る。だが、到底間に合う訳がない。
その時だった。
「
リヒトに向かっていた炎の弾は、水の弾により相殺し、すべて蒸発して消えた。
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