第416話 地上の世界
カケルは最初、イルドリの提案を断ろうとしたが、城の外に出ると雨と風が強くなっていた。
まるで、アンヘル族がカケル達の帰りを阻むような天候に唖然。
カケルは、半分無理やりイルドリと話す時間を設ける事となった。
イルドリの部屋には、二人しかいない。
アンジュとアンジェロは、カケルが大丈夫と言っているが心配なため、スペクターを見ていた。
今までずっと部屋から出てこなかった。
それどころか、声を聞く事すらなかったイルドリからお茶とお茶菓子の準備を任されたメイドは、なにも聞くことはせず、すぐに準備を始めた。
さすが、王に仕えるメイドだなと思いながら、準備された椅子に腰かけ、テーブルに肘をつく。
イルドリも指示を出すと椅子に座り、顔を上げた。
「引き止めてしまってすまなかった。少々話がしたくてな」
「まぁ、天候も悪くなっていたしな。…………イルドリ王が天候を操作した訳では無かろう……?」
タイミング的にそういうことも有り得そうだなと思いつつ、冗談を言う。
ケラケラと笑いながら「天候までは操作できんよ」と、イルドリは簡単に返した。
「それと、まだ王と呼ばないでいただきたい。普通に、イルドリと呼び捨てをしてくれ」
「いいのか? 俺、背後から刺されない?」
「あーはっはっは!! そんなことあるわけないだろう!!」
腕を組み、口を大きく開け大笑い。
イルドリは涙を拭き、カケルを見た。
「どちらにせよ、やはり、王とは呼ばないでほしいのだ。私はまだ、王の器ではない」
「そう言うが、王としてこれからこの国を統べなければならないんだろう? そんな事を言っている場合ではないんじゃないかい?」
カケルの疑問を受け、イルドリは顔を下げる。
「確かに、そうなのだ。王になるために、王になり皆を統べるには、もう覚悟を決めなければならない。わかってはいるんだが、やはり不安は大きくてな。今すぐにというのも難しいのだ」
「情けない話だがな」と、乾いた笑みをこぼす。
カケルがイルドリを見て考えていると、扉の奥から声をかけられた。
メイドが紅茶とお茶菓子にクッキーを持ってきて、二人が挟むテーブルに置く。
そのまま腰を折り、部屋を後にした。
紅茶の香りが二人の鼻腔をくすぐる。
カケルが「美味そう」と、目を輝かせコップを持ち上げた。
鼻へと近づかせ、香りを楽しんだ。
「喜んでもらえてよかった。それより、相談に乗ってはもらえるか?」
「それは良いが、王に関しての相談なら気の利いた事は言えないぞ? アンヘル族についてすら知らなかったんだからな」
「話を聞くだけでも構わん。いいか?」
「頼む」と、懇願するようにイルドリが頭を下げる。
まだ、王になっていないと本人は言っているが、もう王の立場と変わらないイルドリに頭を下げさせてしまい、カケルは苦笑い。
この空気、どうすればいいんだろうと思いつつ、頷いた。
「感謝する。それでは、一つ。地上の生活を教えてはくれないか?」
「ん? それは特に構わんが、それでいいのかい? あまり有益な情報を渡す事は出来ないと思うんだが…………」
予想外な言葉に、カケルは首を傾げる。
イルドリは笑みを浮かべ、大きく頷いた。
「問題ない。それに、聞きたいだけなのだ。参考に出来るところがあるかも知れぬとは考えているがな」
そこで、一口紅茶を飲み、一呼吸置く。
「それに、私はまだまだ知らないことが多い。少しでも知識が必要なのだ。あと、気持ち的なところもな…………」
最後は小さくなり、気まずそうに顔を下げる。
カケルは、腕を組み天井を見上げた。
「そうだなぁ。地上は、争いが絶えない世界だな」
「む? そうなのか?」
「あぁ。盗賊や海賊と呼ばれる賊がいたるところに現れるんだ。それだけでなく、モンスターという危険生物が野生で現れ、戦う力がない人間は逃げ切る事が出来ず、隠れて生活するしかない。行動範囲が狭められ、結構きつい生活を送っている者も多い」
アンヘル族が住むフォーマメントにモンスターは存在しない。
賊もいないため、平和そのもの。
今回の事件が過去一番の大きな事件となる。
そんな中で生活していたイルドリからすれば、地上は過酷な世界なんだなと、体を震わせた。
「だが、それだけじゃないぞ」
ニカッと笑い、カケルは言葉を繋げた。
「自然は綺麗だし、うまい食べもんは沢山ある。それに、人間はそれぞれ力が弱い、だからこそ生きようと手を取り合い、仲間を作り、助け合いながら生活していくんだ。それは、戦う力を持っている俺達冒険者でも同じ。仲間を作り、困っている人を助ける。俺は、そんな世界が好きだ」
「…………理不尽だとは、思わないのか?」
思わず出た言葉。
これは、よくクロヌが言っていた言葉で、嫌っていた言葉。
今の話を聞いてみるに、理不尽が広がっているように聞こえ、思わず聞いてしまった。
カケルは、今の質問に笑みを浮かべ軽く答えた。
「理不尽だからこそ、助け合えるんだ」
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