第415話 受け継がれた思い

 目の前に現れた半透明の男性は、イルドリの父、シリルだった。

 黄緑色の瞳は、憔悴しきっているイルドリに注がれる。


「父上、なぜ? 父上は死んだはず……」

「この男性は、本物だが本物じゃねぇーんだよ。黄泉の国から一時的に連れてきたんだ。体は無いが、意識は本人そのもの。少しだけだが、親子の会話を楽しむんだ」


 カケルが簡単に説明をする。

 そんな彼の後ろでは、スペクターが汗を流し首羽骨シュウコツに魔力を送っていた。


「――――時間がない。えっと、シリル王? 話せる時間は三分。簡潔に終わらせろよ」


 カケルが言うと、シリルは頷きイルドリを見た。


『イルドリ、早く話を進めさせてもらう』

「何を、話すのでしょうか」


 まだ、動揺は消えていない。

 嬉しいが、こんな出会い方をするとは想像すらしていなかった。

 どのように返答すればいいのかわからず、目を泳がせた。


『いきなり、この国を統べる王になれと言うのがどれだけ酷な事かはわかる。だが、イルドリ。このままでいいのか? このままでは、フォーマメントが崩壊してしまうぞ』

「しかし、私などでは、父上が守ってきたフォーマメントを統べる事が出来るとは思えません」


 シリルから目を離し、膝に置いている拳を見る。

 こんな小さな、頼りにならない手では、守れるものも守れない。


 自分以外の人が王になった方がいいと、イルドリは本気で考えていた。

 そんな時、シリルは歯を食いしばり怒りを噴出した。


『いい加減にせんかぁああ!! ばかもんがぁぁぁああ!!!』


 廊下にまで響き渡りそうなほどの大声量に、周りの人は目を丸くする。

 そんな中、一番驚き目を見張っているのは、誰でもないイルドリだった。


『俺は息子をここまで弱い者に育てた覚えはない!! 誠実で、人のために行動できる。努力家で、皆が付いて行きたくなるような。そんな息子に育てたはずだったんだが、それは私の幻想だったか?』


 腕を組み、シリルは鼻を鳴らす。

 今だ驚き、何も言えないイルドリの瞳は、徐々に光を取り戻していった。


『イルドリよ。まだお前は未熟者だ、それはしっかり胸に刻め』

「はい…………」

『だが、お前は人を引き付ける力がある。未熟者だと自覚し、助けてもらいながら強くなれ。使えるものは使え、視野を広くしろ。後悔があるのなら、同じ過ちを二度と行わないよう、普段から意識しろ』


 力強く言い切られ、イルドリは目を大きく開いた。

 何か言いたげに口を開いた時、スペクターが大きな息を吐いた。


「時間だ」


 それだけを告げると、シリルの姿は半透明から透明になろうとする。

 今にも消えそうなシリルの表情から見て取れるのは、不安。


 イルドリからは何も聞かせてもらえず、このまま消えてしまうのかと、悲し気に眉を下げた。

 だが、消える直前、イルドリは涙を流し腹から声を出した。


「父上!! ありがとうございました!!!」


 口から出たのは、宣言でもネガティブな言葉でもない。ただのお礼。

 でも、その言葉を聞いたシリルは、不安な表情から安心したような笑みに切り替わり、姿を消した。


 カランと音を立てて落ちたのは、真っ二つに折れた二本の骨。

 それをカケルが拾い上げ、イルドリに渡した。


「これからの道は決まったらしいな、王様」

「…………うむ。弱いところを見せてしまい申し訳ない。私は、父上に教えてもらった事さえやらずに諦めていた。父上が残したものを、私が消そうとしてしまった。それだけは、絶対にしてはならぬのだ」


 ベッドから立ち上がり、カケルから渡された骨を受け取り、顔を上げた。

 その表情には生気が戻り、口元にはまだ弱いが笑みが浮かぶ。


 藍色の瞳に光が宿り、前を見始めた。

 もう、心配はいらない。そう思わせてくれる表情を浮かべ、アンジュとアンジェロは顔を見合せ笑い合った。


 重たかった空気が明るくなり、皆が笑みを浮かべた時、部屋の中にバタンと、誰かが倒れたような音が聞こえた。


 後方を見ると、首羽骨シュウコツの隣で倒れてしまっているスペクターが目に入る。

 首羽骨シュウコツも、主であるスペクターが意識を失った事により、体が薄くなり、消えてしまった。


「やれやれ、やっぱり死んだものを呼び戻すと、魔力が一瞬にして無くなるな」

「どういうことだ?」


 カケルの言葉に、イルドリが問いかける。


「俺達人間は、魔法を使って生活をしているのは知っているか?」


 この場にいる三人のアンヘル族は、カケルの問いかけに頷く。


「その魔法を使う為には、魔力が必要なんだ。その魔力が枯渇すると、今のスペクターのように強制睡眠に陥ってしまう」

「強制睡眠? それは、本当に言葉のままなのか?」

「そうだ。どんな状況でも抗う事が出来ず、眠り意識を失ってしまう。こうなると、スペクターの場合は、一週間は全く目を覚まさんな」


「よっこらせ」と、カケルはスペクターを米俵のように抱え、アンジュ達を見た。


「んじゃ、俺達を地上に返してくれるか? 用は済んだだろう?」


 当たり前のように言われ、思考が追い付かなかったアンジェロ達だったが、イルドリがカケルに近付き、一つの提案をした。


「もしよかったらなんだが、まだ空き部屋がある。そこにその男を眠らせ、少し話をしないか?」

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