第411話 地上

 イルドリの目の前には、胴体と頭が綺麗にくっついているように見えるシリル。

 白いベッドの上で、眠るように横になっていた。

 顔には、白い布がかぶさっている。


 出入り口から動けなかったイルドリは、重い足を動かし死体安置所の中に入る。

 ベッドに近付き、顔を覗き込んだ。


 いつもならここで「何だ?」と、声をかけてくれる父親。

 なのに、今は何も声をかけてくれない。


 白い布を取り、顔を見る。

 綺麗にされており、今にも動き出しそう。


 そうだとしても、頬に触れると冷たく、目を開けてくれない。


「…………父上、なぜ…………」


 今まで感情に蓋をしていたイルドリだったが、現実父親の死体が目の前に広がり、我慢していた様々な感情が涙になり噴き出した。


「なぜ、なぜ!! なぜ父上が死ななければならなかったのですか! なんで、父上が…………なぜ……」


 シリルの死を受け入れられず、イルドリは床に崩れ落ちた。

 透明な雫が床を濡らし、嗚咽が死体安置所に響く。


 抱えきれないほどの現実をすべて吐き出すように、イルドリは泣き続けた。

 その場に蹲り、ただ一人、泣き続けた。


 ※


 王であるシリルがなくなったことで、フォーマメントは涙を流した。


 シリルは民の事を一番に考え、接しやすく、好かれていた。

 アンヘル族は涙を流し、王の死を悲しんだ。


 だが、それだけではない。

 王がいなくなったフォーマメントを、次は誰が統べる事になるのか。

 誰が、次の王になるのか。


 普通であれば、息子であるイルドリが受け継ぐことになるのだが、当の本人はシリルのお葬式が終わってからずっと部屋に閉じこもっている。


 ご飯を持って行っても、声をかけても、一切応答がない。

 それでも、人がいなくなればご飯を部屋の中に持ち込み、少しは食べている形跡は残されていた。


 実の息子がこの状態では、王を任せるのは難しい。

 それがまた、アンヘル族に不安を与えていた。


 少しの時間、共に過ごしていたアンジュとアンジェロも不安に思い、毎日イルドリのいる部屋の前に来ては、声をかける。でも、返答はない。


 人の気配すら感じないため、本当にいるのかわからない。

 勝手に開ける事も出来ないため、確認の術がない。


 今日もまた、アンジュとアンジェロは帰ろうと城の外に出た。


 二人は、今回の事件について、青空に包まれた道を歩きながら考える。

 だが、考えたところで、意味は無い。今更何か見つけたところで、遅い。


 それでも、他にもっといい結果があったのではないかと、頭を過る。

 ずっと、そればかりを考えていた二人だが、このままでは駄目だと、アンジェロは首を振った。


「姉さん、たまには地上に行ってみない~?」

「…………気分転換は大事ね、行きましょう」


 二人は、一度城を見上げると、すぐに目を逸らす。

 白い翼を広げ、飛びだった。


 行く先は地上、二人は迷わず青空を突っ切る。

 フォーマメントから見た地上は、とても小さい。だが、近付けば近付く程鮮やかな世界が広がり、二人の目を輝かせた。


「久しぶりに地上に来たねぇ~」

「そうね。目的がないのだけれど、どうするのかしら?」

「ん-、どこ行こうか?」

「貴方ね……」


 今はセーラ村の上空。このあと何処に行くか考えていると、下から歓喜の声が聞こえ見た。


 沢山の人に囲まれているのは、一組の冒険者。

 大きな三角帽子をかぶった銀髪女性、占い師のようなマントとマスクを身に着けた黒髪女性、欠伸を零しながら藍色の一本に結われている髪を揺らし歩く男性。


 そんな三人に囲まれているのは、周りの歓声に応えるように手を振りながら歩く男性。肩まで長い髪を後ろで一つに結び、ゆかり色の瞳をしていた。


 明るく、元気を周りに送っているような男性を見て、アンジュとアンジェロは顔を見合せた。


「明るい人ね」

「周りも明るくなってしまうねぇ~」


 アンジェロの言葉に、アンジュは微かに目を開いた。

 顎に手を当て、考え込む。


 何かいい事でも思いついたのかなぁ~と、アンジェロは何も言わずに待った。

 その間は、暇つぶしに下を歩いている冒険者を見ていた。


 あんなに明るく、周りを笑顔にする人物。

 まるで、前までのイルドリのような人に、アンジェロは目を細めた。


「イルドリ様が、王になってくれさえすれば…………」


 そう呟くと同時に、アンジュは顔を上げアンジェロを見た。


「あの冒険者、少し利用できないかしら」

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