第409話 分岐点
「何を言っているのか、クロヌが何を考えているのか。今の私にはわからない」
「つまりだ、イルドリ。もし、人が人を殺す理由が理不尽という事だけではないのだとしたら。なにか、理由があるのだとしたら。それは、上に立つものがどうにか出来たのではないか?」
その言葉に、イルドリは自身の父親であり、王であるシリルを罵倒されたと思い、今まで押さえ込んでいた怒りがとうとう噴き出した。
顔を真っ赤にし、クロヌに歩く。
胸ぐらを掴み、叫んだ。
「ふざけるな!! まさか、クロヌ! 貴様、父上が悪いと言いたいのか!? 今回の事件、人が人を殺すのは全て、王である父上が悪いとでも言うのか!!」
怒りや悲しみと言った負の感情が入り混じっている叫びは、雨によってかき消される。
クロヌは、胸ぐらを掴むイルドリの手を握った。
次の瞬間、イルドリの身体は宙を舞った。
「なっ――…………」
バタンと、背中から地面に落ちる。
強く打ち付けてしまい、すぐに動けない。
咳き込みながらも、何とか四つん這いになった。
「もし、上に立つものがすべての悪に罰を与えていたら。すべての悪を牢屋に入れていたら。すべての悪を、殺していたら、理不尽に殺される者はいなくなると、そうは思わないか?」
クロヌの言い分はあまりに身勝手で、自分都合だ。
仮に、悪だと上が判断した人を捕まえ、罪を償わせようとすれば、また新たな理不尽が生まれる。
全ての悪を、理不尽を消すなど不可能。
そんな世界の中でもクロヌのような思考の人は、必ず罪を生む。クロヌ自身が、悪となってしまう。
それくらい、この世界は理不尽で出来上がっている。
「我は、この世から理不尽を消したい。理不尽に奪われる者達を消したい。そうすれば、今回のような事件は生まれない。そうは、思わないか?」
なぜ、問いかけているのか。
反論は許さないというような冷たい瞳を浮かべ、イルドリを見るクロヌがわからない。
「…………そうは、思えない。私は、それこそが理不尽の始まりだと思う」
何とか背中の痛みに耐え、立ちあがる。
「目を覚ませ、クロヌ。貴様は今、色々と混乱しているだけだ。冷静になれば、今の思考が馬鹿だったとわかる」
「馬鹿……。今、我を馬鹿だと言ったか、イルドリよ」
空気が、揺れる。
大きな声を出していないにも関わらず、ビシビシと体に振動が伝わる。
何も言えないイルドリを見て、クロヌはまた口を開いた。
「答えよ、イルドリ。我を、馬鹿だと言ったか?」
闇が広がる瞳は、もう怒りや恨みと言った感情ではない。
名前すら付けられないほどの憎悪が込められ、イルドリは静かに息を飲んだ。
「私は…………」
何かを言いそうになったイルドリだったが、クロヌが口より先に足を蹴り出した。
体が反射で動かず、腹部にクロヌの蹴りがもろに入る。
「ぐっ!?」
体をくの字にし、イルドリの体は吹っ飛ぶ。
ガハッと血を吐き、地面に体を叩きつけられた。
「イルドリ、我はこの世界から悪を消す。そして、理不尽を全て取り除く。そうすれば、今回のような事件は起きない」
それだけを言い残し、クロヌはこの場から居なくなろうと歩き出す。
地面に倒れ込み、動けないでいるイルドリの視界に、クロヌの歩き去ろうとする背中が映る。
待て、行くな。
そう口に出したくても、出せない。
クロヌ、お前の考えは、間違えている。
そう、伝えたいのに喉は絞まり、声を出せない。
待ってと手を伸ばすが、上がらない。体を動かせない。
視界は徐々にぼやけ、歩き去るクロヌが霞む。
何度も、何度も。声に出せない言葉を呟く、嘆く。
イルドリは、最後の最後まで声にならない言葉を呟き続けた。
――――待ってくれ、行かないでくれ。クロヌ――……
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