第408話 理不尽
クロヌの口から出た声は掠れており、雨が降り注ぐ中で聞き取るのは難しい。
だが、目の前に立つイルドリには聞こえ、目を大きく開きつつも、歯を食いしばり拳を握った。
クロヌを見る目は、まだ困惑を感じるが恨みは感じない。
「何を言っている、クロヌ。私は見ていた。お前は、殺してなどいない。殺したのは奥にいる女だろう!!」
指を差した先には、今だ一人で狂ったように踊りながら喜んでいる女性。
だが、イルドリからの叫びが聞こえたらしく、動きを止めた。
「なに、私が悪いと言いたいの?」
「そうだ。貴様が今回の事件の黒幕だろう」
「酷いわね。私は、過去に私がされたことをしているだけよ」
「されたこと、だと?」
イルドリは目の前で親が殺され、今は冷静ではいられないはずなのに、取り乱すことなく女性の言葉に耳を傾けていた。
アンジュとアンジェロは、一歩引いたところで、不安そうに眉を下げながら二人を見届ける。
「そうよ。私は、この世界に殺されたの。この世界を統べる者が、今まで見て見ぬふりをしてきた悪に殺されたの。だから、私は悪になってしまった人と、悪を作り出してしまった人を殺したの。私は、なにも悪く無い!!」
徐々に感情が高ぶり、かなぎり声で叫び出す。
それでも、イルドリは冷静を務め、最後まで聞いた。
「…………まるで、自分が神の使いでもあるような言い方だな」
「神……それはいいかもしれないわね」
もう、正常な判断が出来なくなっているのか、復讐が達成されたから気が高ぶっているのか。
どっちにしろ、今の女性とまともな会話は出来ないと判断したイルドリは、クロヌの横を通り抜け、女性に近付く。
「王を殺した罪はでかい。その身体だけでは返せぬ罪だ。だが、それでも出来る限りの事はしてもらうぞ」
「あら、私は殺していないわよ。直接手を下したのは、貴方の友人であるあの人じゃなくって?」
勝ち誇ったようにクロヌを指す女性。
その言葉に、今まで我慢していたイルドリの怒りが噴き出し、地面を足でバコンとへこませた。
「っ!」
「なんだ、今の言葉は聞き取れんかったな。もう一度言ってもらおうか」
聞こえていなかったという割には、今にも我慢している怒りが女性を殺してしまいそう。
殺気という言葉では生ぬるいほど、今のイルドリの視線は恐れおののくものだった。
向けられていないアンジュとアンジェロでさえ、体を大きく震わせ、顔を真っ青にした。
アンジェロは、立っていられなくなりその場に崩れ落ちてしまう。
「なんだ、言えないのか?」
「――――貴方達が悪いのに……。この、理不尽が、悪いのに……。なんで、私がこんなことをされないといけないのよ!!」
言いながら女性は光の刃を右手に作り出し、無我夢中でイルドリに斬りかかった。
だが、隙だらけの攻撃。イルドリは意図もたやすく避ける。
体がふらついた女性のうなじを一発殴り、気絶させた。
地面に倒れ込み、動かなくなった。
冷静に見下ろし、イルドリも動かなくなる。
「……………………クロヌ。今回の件、洗いざらい吐いてもらうぞ。いいな?」
聞くが、クロヌは答えない。
再度「クロヌ!」と、怒りの込められた声で呼ぶが、無反応。
舌打ちを零しクロヌへと振り向くと、やっとクロヌも動き出しイルドリへと振り向いた。
「…………この世界は、理不尽だと、思うか?」
質問の意図がわからず、イルドリはすぐに答えられない。
だが、何とか絞り出し、答えた。
「理不尽はどこにでもある。だが、それを理由に、人を殺めてもいいとは思えん」
「…………そうか、お前は、そうだろうな」
重い沈黙。
どちらも口を閉ざしてしまい、話さない。
雨の音だけがこの場にいる人達の鼓膜を揺らした。
「…………我は、この理不尽を、どうにかしたい」
やっと顔を上げたかと思えば、その目は黒く濁り、闇が渦巻いていた。
イルドリの冷たかった瞳に困惑が滲み、「クロヌ?」と、問いかける。
「今まで、理不尽は当たり前だと思っていた。自然災害、戦争、病気。すべては仕方がない、どうする事も出来ない。そう思っていた。だが、人が、人を殺めるのは、本当に理不尽な事か? 理不尽だが、仕方がない。それで、済ませても良い物なのか?」
クロヌの言葉が理解出来ず、イルドリは何も言えない。
それは、アンジュとアンジェロも同じ。
クロヌの言葉が理解出来ず、ただただ見ているしか出来ない
「もし、人が人を殺める事が仕方がないという言葉で片づけられるのなら、それこそ理不尽ではないか?」
「な、何が、言いたい…………」
「我は、人の死を理不尽という言葉で片づけたくはない。理不尽という言葉で、人を殺めるのはおかしい。罪を犯し、罪を償う為に殺される。その時に初めて、命を使う。その方が今の理不尽より何倍もいいだろう。そうは、思わないか?」
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