第407話 雨

 殺しなさい。その言葉で、クロヌは体を強張らせた。


 ここでシリルを殺さなければ、イルドリの命が消える。だが、王を殺すという事は、この国すらを殺すと言っても過言ではない。


 重罪となり、死刑になる。

 クロヌは歯を食いしばり、悩んだ。


 最悪、自分がどうなろうとどうでも良かった。

 だが、親友であるイルドリを出されてしまえば、どうする事も出来ない。


 血が出るほどに拳を握る。

 決断できないうちに、シリルが動き出した。


「っ、動くな!!」


 女性はすぐに光の刃を伸ばし、シリルを斬る。

 体を捻り急所は避けたが、腕を切られてしまった。


 バランスを崩し、地面に膝を突く。隙を突き、女性が光の刃を上から降らせる形で放つ。

 足が貫かれ、地面に固定されてしまった。


「ぐっ!!」

「早くしなさいクロヌ!! 親友がどうなってもいいの!?」


 女性がクロヌを急かす。

 もう、選択肢はない。


 クロヌは、力なく右手に光の刃を灯す。

 ゆらゆらと、シリルに近付いた。


 膝を突き、動きを封じ込められているシリルは、クロヌを見上げるのみ。


「…………せめて殺す前に、なぜお前があの女性に協力しているのかだけでも、教えてはくれないか」


 今、クロヌに殺されそうになっているにも関わらず、シリルは冷静に、優しく聞いた。

 その言葉に、声にまたしてもクロヌは揺らぐ。


 本当に、この人を殺していいのか、悩む。


「クロヌ、教えてくれ」


 その言葉に答えたのは、意外にも女性だった。


「冥途の土産に教えてあげる。その人も、私と同じなのよ」

「同じ…………?」

「そう。理不尽に家族を殺されているの。だから、理不尽という言葉が嫌いなのよ」


 クロヌの家族については、シリルも把握していた。


 クロヌは昔、小さい頃に両親を失っている。だが、それは病気でだ。


 ガーネットの両親のように、医師が薬を与えなかったとかではなく、薬の開発が追い付かなかった。


 治療方法もなく、治す手立てがなかったのだ。


 病気に体の免疫力が勝てず、クロヌは両親を失った。


 まだ子供の時の話で、病気で死んだと言っても納得は出来なかっただろう。

 理不尽と感じても仕方がない。


 だが、今のクロヌなら、それが理不尽だけの問題ではないのは理解しているはずだ。


 技術の発展が追い付かなかった。

 医師は全力で治療に挑んだが、間に合わなかった。


 でも、やはり子供の傷は大人になっても治る事はなかったんだなとシリルは今、後悔した。


 目を伏せ、何も言わなくなる。


 クロヌはそんなシリルに、光の刃を振りあげた。

 それでも、シリルは動こうとしない。


「親友を助けたければ、殺しなさい――クロヌ」


 歯を食いしばる。

 上げた手は、なかなか振り下ろされない。


 そのうち、雨が降ってきた。

 同時に、どこからか声が聞こえ始めた。

 クロヌと女性は、雨を見上げる。


 目を凝らし見ていると、そこには焦ったようにクロヌ達に向かっているイルドリ達の姿。アンジュとアンジェロも、イルドリの後ろを飛んでいる。


「父上ぇぇぇぇぇぇえええ!!」


 女性がイルドリを確認すると、すぐにクロヌに飛びついた。


「な、何をする!!」


 クロヌの声に耳を貸さず、女性は降りあげているクロヌの腕を掴んだ。

 それでもう、何をしようとしているのか理解。青い顔を浮かべ、クロヌは口を開いた。


 だが、声を発する前にシリルの顔が視界に映り、何も言えなくなった。

 そのまま、光の刃はシリルの首を――斬った。


 ――――ザシュッ


 血しぶきが舞う、地面が赤く染まる。

 雨と共に、血が降り注ぐ。


 女性は、赤い地面に転がった。

 歪な笑みを浮かべ、歓喜の声を上げながら立ち上がる。


「やったわ、やったの。私は、これで理不尽な世界から開放される。私は、解放されるの!!」


 両手を上げ体すべてを使って喜んだ。

 だが、クロヌは、地面に落ちたシリルの頭を見下ろし、動かない。


 もう、動かなくなったシリルの身体の横に、イルドリが地面に足を付けた。


 自身の、変わり果てた父親の姿。

 目の前で、親友によって殺された父の姿。


 イルドリは、もう、なにがなんだかわからない。

 現状が理解できない。どうすればいいのかわからない。


 今、すべきことが、わからない。


「な、なんだ。なにが、起きたのだ…………」


 微かに出た声は、雨音よりも小さい。だが、目の前にいたクロヌには、届いた。


「…………我が、殺した」


 もう、これ以上何も言えない。この言葉しか、出てこない。


 二人はお互い、顔を見る事が出来ず、雨が降りしきる中、女性の歓喜の声だけが周りに響いていた。

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