第406話 脅し

 女性が去ろうとした時、足を止めた。

 冷や汗を流し、目を大きく開く。


 怯えているような表情を浮かべながら振り向くと、そこはシリルが埋まっている瓦礫。


 耳をすませばボコボコと、何かが聞こえる。

 早く立ち去らなければならない。女性はそう思うが、足が動かない。


 瓦礫に埋まり、身動きが取れないはずのシリルが今、女性を拘束している。

 見えないはずの相手に怯え、ガタガタと震える。


 その場で動けずにいると、ボコボコという音が大きくなる。瓦礫も動き始めた。


 ボコボコ ボコボコ


 瓦礫が動き出し、女性が目を見張る。


 ボコ――――ガラン!!


「っ!?」


 ボコボコと動いていた瓦礫から、白い手が伸びる。

 そこから、シリルが「よっこいしょ」と、体を瓦礫から出し、頭を支えた。


「いやはや、さすがに驚いた。予め仕掛けていたと見えよう」

「な、なんで…………」

「ん? あぁ、傷一つない事を不思議に思っているのか?」


 シリルが言うように、彼自身に傷は一つもない。

 瓦礫に埋められたのに、無傷はさすがにありえないだろうと、女性は恐れおののく。


「そこは、王だからだと言っておこう。寿命の長いアンヘル族を統べる者として、体作りは怠ってはならん」

「そんな事、今のに関係ある…………?」

「関係あるだろう。まぁ、そこはどうでも良い」


 がらがらと、瓦礫から足を下ろし、安定した地面に足を突ける。


「今回の件、説明してもらおうか」


 鋭く放たれるのは、殺気。

 相手を拘束するために放たれている殺気は、女性を逃がさない。


 このまま捕まるのは、非常にまずい。

 そう思いつつも、女性はシリルの視線で動けない。


「一つ。聞いてもいいか?」

「な、なにかしら……」

「お前は数百年前、この家の家主であった老人に殺された女性で、本当に間違いないか?」

「さっきから言っているじゃない。間違いないわよ」


 何とか逃げられないか周りを見る。だが、シリル相手にそれは悪手。

 視線が外れた瞬間、シリルの姿は女性の視界から完全に消えた。


「っ!?」


 消えた、と気づいた時には遅かった。

 後ろに回られ、腕は後ろで固定、首に光の刃を突きつけられる。


「では、少々話を聞こう。なぜ、このような事をしているのか。過去、なぜ老人を襲ったのか。洗いざらい吐いてもらうぞ」


 耳元で囁くシリルの声は低く、冷たい。

 冷静で、隙が無い。


 女性は体がガタガタと震え、身動きが取れない。それでも負けられないという強い思いと共に叫んだ。


「〜〜〜〜〜〜〜私は!! 彼を失ったの!! 誰も私を助けてくれなかった中で!! あの人だけは私を救ってくれた!! それなのに、なんで奪われなければならなかったの!! あの占いさえなければ!! 私は今も!! 彼と共に過ごせていたのに!!」


 甲高い声がシリルの耳を劈く。だが、表情は一つも変わらない。

 逃げようと暴れるが、シリルは微動だにせず逃がさない。


 光の刃が女性の首に食い込む。皮が切れ、血が流れる。

 それでも、女性は止まらない。痛感など、もう無いのではと思う程に暴れる。


 これは、気絶させるしかないか。

 そう思った時、上から一人の男性が翼を広げ驚愕の顔を浮かべ二人を見下ろした。


「何を、している」

「それは、俺の台詞でもあるんだがな。どうしてここにいる、クロヌ」


 上からやってきたのは、クロヌだった。

 目を見開き、その場から動かない。


「説明、出来ないのか?」

「…………なぜ、シリル王と共に居るんだ」


 シリルの言葉を無視し、クロヌは女性に問いかけた。


「私の復讐が、次の段階に入ったからよ」

「次の段階だと? 我は聞いておらぬぞ」

「話してないもの。貴方に話せば、必ず止めると思ったからね」


 現状を見て、女性が次に復讐相手として狙ったのは、シリルであるとクロヌは理解した。

 だが、同時に驚き、拳をワナワナと震わせた。


「な、なぜだ。約束が違うだろう!」

「約束……?」


 クロヌの言葉に、シリルは眉を顰めた。


「おい、約束とはなんだ」


 シリルの質問に、クロヌは苦い顔を浮かべる。

 顔を逸らし、舌打ちを零すが答える気は無いらしく口は閉ざし続ける。


「クロヌ、答えよ」


 殺気の込められている視線、言葉。

 クロヌの身体に戦慄が走り、体を大きく震わせた。


「…………」

「クロヌ!!」


 クロヌに集中してしまい、女性が光の刃を手に灯していることに気づかない。


 油断していたのもあり、当たる前に気づいたものの、完全に避けきれず、胸辺りを斬られてしまった。


「シリル王!!」


 クロヌが叫び、近づこうとした。

 だが、それを女性が止めた。


「行くの? クロヌ。行ったら、貴方の親友は首を飛ばすことになるわよ」


 脅しの言葉にクロヌは、伸ばした手を止める。

 女性を見て「どういうことだ」と、睨んだ。


「今の私は、簡単にイルドリ様を殺せるの。貴方のおかげよ? 貴方がいてくれたおかげで、仕掛けることが出来たの」


 クロヌは、女性の言葉がわからない。

 何を言っているのか、いつのことを言っているのか。


 そんな時、女性が一度、イルドリに抱えられていた時の事を思い出す。


「まさか、あの時――……」

「気づいたみたいだけれど、遅いわよ? 貴方はもう、私に逆らえない。さぁ、イルドリ様を殺されたくなければ、今すぐシリル王を殺しなさい」

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