第403話 王の器

 部屋に戻ったイルドリは、真っすぐベッドに入り込み顔を埋める。


 わかってはいたと、自分に言い聞かせる。

 それでも、本当にクロヌが今回の事件に大きく関わっているのならと考えると、胸が裂ける思いだった。


 クロヌが関わっている。そう進めていたはずなのにと、自分の覚悟のなさに苛まれた。


 今、このように考えていても仕方がない。

 まだ、色々気になる事が沢山あるが、休むことも大事。


 今は目を閉じ、体だけでも休ませようと、無理やり眠りについた。


 ※


 目覚めは最悪。一切、寝る事が出来ず、イルドリは体を起こした。


 頭をガシガシと掻き、窓から注ぐ陽光に目を細めた。

 顔色は悪い、体も重たい。それでも、今日も調査をしなければならない。


 すぐに立ちあがり、部屋を出る。

 イルドリの雰囲気がいつもと異なっている為、廊下ですれ違うアンヘル族達は心配そうにしていた。


 周りの空気など気にせず歩いていると、廊下でアンジュとアンジェロが声をかけた。


「イルドリ様!」


 振り返ると、アンジュが手を振っていた。


「おぉ! アンジュとアンジェロじゃないか! 今日も来てくれて助かるぞ!」


 笑みを浮かべ、イルドリも手を振る。

 駆け寄り、今日のやる事を聞こうとした。


 だが、アンジュとアンジェロは、イルドリの表情を見て眉を顰めた。


「昨日、夜寝れなかったんですかぁ~?」

「まぁな。だが、気にしなくても良い! 今日も張り切って調査をするぞ!」


 拳を作り、イルドリは廊下を進もうと歩き出す。だが、すぐにアンジェロがイルドリの服を掴み、止めた。


「待ってください」

「なんだ?」

「昨日、私達と別れた後、何かありましたよね~? 何があったのか教えていただけますか~? 調査の手がかりになるかもしれませんので」


 アンジェロのオレンジ色の瞳に見上げられ、イルドリは息を飲む。

 答えるかどうか悩んだが今回の調査には必要不可欠だと思い、重い口を開いた。


「……昨日、上空から女性が降ってきたのだ」


 そこから女性の特徴、何故か自分から逃げた事。そして、追いかけようとした時、なぜかクロヌに止められ、追いかける事が出来なくなってしまった事も話した。


 すると、アンジュとアンジェロは顔を見合わせ「ここではちょっと……」と、イルドリの部屋へと移動した。


 扉を開き、中に入る。

 イルドリはいつものように椅子に座ろうとしたが、アンジュがそれを阻止。ベッドに座らせた。


「なぜ、ベッド?」

「体、重たいでしょう? いつ寝てもいいようにそこでお話ししましょう」


 ニコッと笑みを浮かべられ、イルドリは何も言えなくなった。

 時間が惜しいというように、アンジュは先ほどの話の続きを促し最後まで聞いた。


「――――イルドリ様、クロヌさんは黒だと考えていいでしょう」

「…………そうだな」


 アンジュの言葉に、イルドリは一瞬顔をひきつらせた。

 だが、すぐに身を引き締め元気に頷いた。


「……やはりイルドリ様は、クロヌさんを黒だと考えたくないのでしょうかぁ~?」

「考えたくはないな! だが、私が考えなかったとしても、現実はかわらん!!」


 頭ではわかっており、口でもはっきりと言い切った。

 それでも、イルドリの雰囲気は変わらない。


 思い悩んでいるような空気に、アンジュとアンジェロは顔を見合せた。


「…………イルドリ様、確かに現実は変わりません。今は、クロヌさんを黒と考えて調査を進めましょう」

「そのつもりだ!!」


 空元気というのはすぐにわかる。

 アンジェロは、肩を落とし悲し気な笑みを浮かべた。


「それでも、ここは、納得出来ませんよねぇ~?」


 言いながら、アンジェロはイルドリの胸辺りを指さした。

 それは、心臓部分、心を表しているんだろうと、イルドリはすぐに分かった。


「…………そうだな。納得はできん。だが、納得が出来ないからと調査を止めるのは違う。少々心苦しいが、それでも進めるぞ。もしかしたら、私達の勘違いの可能性もある」

「完全なる黒だったら、いかがいたしますかぁ~?」

「その時は、理由をしっかりと聞く。納得は出来ないかもしれぬが、それでも聞かずにはいられない。絶対に、真実を見つけ出してやるのだ!」


 話していると、イルドリの覇気が徐々に戻っていく。

 まだ、疲労はあるが、それでもやる気が戻ってきたのなら良かったと、二人は安堵の息を零した。


「やっぱり、イルドリ様は王の器だねぇ~」

「そうみたいね」

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