第402話 信用
城に戻ったイルドリは、シリルの部屋にいた。
いつも、仕事を手伝う時の椅子に座り、シリルも自身の椅子に腰を落とした。
お互い動きを止めるが、口を開かない。
シリルがちらりと、顔を俯かせているイルドリを見る。
視線を感じているはずのイルドリだが、顔を上げない。
ため息を吐き、痺れを切らせたシリルは、イルドリを呼んだ。
「イルドリ、何があった。わかっている限りで構わん、話せ」
問いかけるが、イルドリは口を開かない。
いつもはすぐに答えるのにと、何度目かのため息を吐いた。
どうしたものかと考えていると、イルドリがゆっくりと顔を上げた。
「父上」
「どうした」
「私は、どうすればよかったのかわかりません。今も、クロヌが何かを隠しているのはわかっているのですが、教えてくれないのです。悪い事を企んでいると考えてしまう。疑いたくないです、でも、今回ばかりは――……」
冷静を務めていたイルドリだったが、徐々に興奮してきて、口調が荒くなる。
同時に不安が表面に現れ、声が震え始めた。
「待て待て、落ち着け」
「私は、クロヌを信じていたのだ。何もしていないと、嘘を吐いていないと、でも」
「クロヌ、一旦おちっ――……」
「信じてはいけないとわかった今、私は親友だと思っていたクロヌを追い込めるために調査をしていたという事になり、私は知らないうちにクロヌを苦しめてっ――!」
「落ち着けと言っている!!」
――――ゴツン!!
声が大きくなり、シリルの声が耳に入っていない。
無理やりにでも止めなければならないとシリルは立ちあがり、イルドリの頭を殴った。
シリルも拳が痛かったらしく、手を抑えている。
その近くでは、机に項垂れているイルドリ。頭には、大きなたんこぶが作られていた。
「はぁ……。それで、何があった。ゆっくりで構わない。話せ」
「…………私は…………クロヌを」
「事実だけを話せ、わかったな?」
イルドリがまた自分を責めようとしたため、シリルは強制的に遮断。事実だけを話すように促す。
殺気に似た冷たい視線を送られ、イルドリはやっと冷静になった。
大きく波打つ心臓を落ち着かせるため、大きく深呼吸をした。
「すみませんでした」
「落ち着いたなら良い。それで、何があった」
腕を組み、イルドリの机に腰を預け、話を聞く体勢を作った。
「…………さっき、私が外を歩いていると、空から女性が降ってきたのです」
相槌を打たず、シリルは聞く。
「その女性は、お世辞にも美人と言えない容姿だった。だが、そこはどうでもよい。気になったのは、赤黒く染まっている翼と、ベタベタな髪だ。怪しい雰囲気を纏っていたため、逃げる女性を追いかけようとしたのです」
「そこで、クロヌが間に入った――と、言う事でいいか?」
シリルが先を予想して、答える。
小さく頷き、イルドリは口を閉ざした。
シリルは腕を組み、天井を見上げる。
「うーん」と、唸り、言葉に悩んだ。
「…………クロヌが裏で何か企んでいる。そう思っているんだな」
「そうです」
「それはつまり、イルドリはクロヌが殺人を犯した犯人だとは思っていないと?」
「それは、当然です。クロヌが何を企んでいるかはわかりませんが、人を殺すなど、絶対にありえません!」
先程、クロヌを信じられないと言っていた口で、今度は殺さないと口で言っている。
言葉がめちゃくちゃで、イルドリが混乱しているのがわかる。
今は、これ以上話してもイルドリの頭を混乱させるだけと判断。シリルは、イルドリの頭を撫で、自室に戻るように言った。
「今はゆっくり休め。寝れるかわからんが、今話し合ったところでまともな情報交換は出来ないだろう」
「…………わかりました」
沈んだ声でイルドリは頷き、立ちあがる。
そのまま、シリルの部屋を後にした。
残ったシリルは、窓の外を見た。
今は星空が広がり、月がフォーマメントを光で照らしていた。
シリルの瞳にも、輝く月が映る。
曇り一つない、綺麗な瞳。その瞳が、一度閉じられた。
「――――少々、俺も本気で動き出す必要がありそうだな」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます