第401話 困惑

 咄嗟にイルドリは、落ちてきたアンヘル族を受け止める。


「おい!! しっかりとするのだ!」


 抱えたアンヘル族は、女性。

 黒い髪は所々赤く染まり、べたついている。白い翼も赤黒くなっており、普通では無いことは明白。


「何があった、おい!」


 何度も声をかけるが、返答はない。

 微かに息はある為、イルドリは急いで病院へと向かった。

 だが、途中、イルドリの腕の中で女性は目を覚ました。


「い、いや!!」

「っ、まっ! 危ないぞ!」


 暴れてしまったため、イルドリは何とか落さないようにするが無理だった。

 地面に転がり、イルドリから離れる。

 手を突き、片膝を立たせ女性はイルドリを見上げた。


 黒い髪から覗き見えるのは、充血した瞳。唇は乾燥でカサカサ、肌はボロボロ。

 お世辞にも美人とは言えない見た目に、イルドリは息を飲む。


 普通ではない瞳は、イルドリを映すと、すぐ他へと逸れた。

 立ち上がり、駆けだした。


 唖然としていたイルドリだが、女性を逃がすわけにはいかないと思い、「待て!」と、追いかけた。


 女性の翼は、赤黒いナニカが付着しているため、使えない。走って逃げているが、男性に速さで勝てるわけもなく、手を伸ばし捕まえようとした。だが――……


 視界の端から人影が女性とイルドリの間に入り込み、邪魔されてしまった。


「おい! じゃまをすっ――――」


 怒りのままに人影に怒鳴るが、その人物を確認した瞬間、イルドリは固まってしまった。


 女性は肩越しに振り向き、人影に向かって「任せたわよ」と、言い残し走り去る。


「待て!」と、イルドリは再度追いかけようとするが、それは前にいる人物によって遮られてしまった。


「な、なんで……。なぜ、私の邪魔をするのだ、クロヌ!!」


 今、目の前に立っているのは、無表情のままイルドリを見ているクロヌだった。


 クロヌは、イルドリからの問いに答えない。真っすぐ、困惑しているイルドリを見るのみ。


「答えよ! クロヌ!」


 怒りと焦りで感情が高ぶり、強い口調で訴える。

 それでも、クロヌは見つめるのみで何も発さない。


 拳を震わせ、地面を踏みしめる。

 歯を食いしばり、クロヌを睨みつけた。


 真っすぐ見つめていたクロヌは、イルドリの怒りを感じたからかため息を吐き、やっと口を開いた。


「落ち着け」

「これが落ち着いていられるか! 何を考えているのだクロヌ!」

「…………今は、言えない」

「なぜだ!!」

「決まりだからだ」

「なんのだ!」

「言えない」


 このままでは平行線。

 イルドリは震える拳を上げ、一歩足を前に出した。


「答えぬのならよい。今は、あの女性を優先させてもらう」

「我を倒すつもりか?」

「そうだと言ったら、クロヌはどうする」


 地面を踏みしめ、構えを取る。

 そんなイルドリを見て、クロヌは再度、ため息を吐いた。


「仕方がない、受けてたとう。いつもとは立場が逆転だな」

「素直にはどかない……ということか」

「当たり前だ。今は、追いかけさせるわけにはいかないのだからな」


 クロヌも受けて立つというように構えを取り、光の刃を作り出す。

 イルドリもクロヌと同じように光の刃を作り出した。


 お互い見合い、いつもの戦闘が始まる。

 だが、これは”いつもの”戦闘ではない。お互い、本気で殺そうとしている。


 冷たい空気が二人の中に流れる。

 タイミングを計り、動き出す瞬間を逃さない。


 息すら飲むことが出来ない空気。そんな空気を崩したのは、予想外の人物だった。


「何をしているぅぅうううう!!!」

「「!?」」


 怒りの声が上空から聞こえた。

 上を向くと、そこには腕を組み、二人を見下ろしているシリルの姿があった。


 困惑で思考が止まっている二人をよそに、シリルは二人の前に降りてきた。


「また無駄な喧嘩をするつもりか。まったく、いつもやめろと言っているだろうが!!」


 頭に響く程の怒声に、二人は耳を塞いだ。


「ち、父上、これには訳があります!!」

「ほう。俺が納得出来るような訳があると。それなら、教えてもらおうか」


 氷より冷たく、今にも人を一人殺しそうな視線を送られ、イルドリは口を閉ざす。

 次に、クロヌがシリルの標的となった。


「今回もクロヌ、貴様が挑んだのか?」

「今回は違います」


 目を逸らし、冷や汗を流しながらクロヌは否定する。


 いつものように責任を押し付けているのかと、シリルはイルドリを見るが、目を逸らすだけで否定しない。


「まさか、今回はイルドリから挑んだのか?」

「挑んだというか……。クロヌ、確認したい事がある」


 ここでさっきの話をしたところで、イルドリも理解出来ていないため、シリルが納得してくれる訳を話す事が出来ない。

 だから、まずイルドリはクロヌに聞いた。


 だが、答えは返ってこない。


「クロヌ!」


 イルドリが再度問いかけると、クロヌは背中を向けてしまった。


「イルドリ。今回の件だが、手を引け。危険な目に合いたくなければな」


 それだけを言い残し、クロヌは姿を消してしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る