第394話 人影

「まぁ、そういう流れで老人とは関わっていた。だが、それ以降、俺も地下牢に行く時間はなく、二百年の時が過ぎてしまった」

「それで、今回の事件が起きてしまった―――と、いうことですね」

「そういうことだ。――それでだ」


 真剣な表情で見つめられ、イルドリは息を飲む。


「今の話を踏まえてもう一度聞く。今回の件、どう見る?」

「…………自殺、ではないです、確実に」


 シリルの想いに答えようと言い切ったイルドリに、彼は笑みを浮かべた。


「それならよい」


 そこで、会話は終わる。

 モヤモヤが残っているが、これ以上質問を繰り返しても、意味は無いだろうとわかる為、イルドリも口を閉ざした。


 老人の件は、ここでは終わらない。終わらせない。

 そう思い、イルドリはシリルに挨拶をし、部屋から出ていった。


 廊下を歩いている時でも、頭には老人の話がまとわりつく。

 腕を組み、今回の事件を振り返った。


 精神崩壊した後に自殺。死因は窒息死。

 首元には、縛られた跡があり、武器はおそらく縄。


 だが、老人が一人で縄を調達するのは不可能。必ず協力者が必要となる。


 地下牢に簡単に入れるのは、パトロールをしている警護班か王族のみ。その中に裏切り者がいるのか。


 考えたくないが、そこも洗わなければならないと思い、眉間に皺を作り廊下を歩く。


 難しい顔を浮かべ歩いていたため、前から来た王を守る騎士のアンヘル族が怯えたような顔を浮かべてしまった。


 それに気づかず歩いていると、前方から来たクロヌに肩を掴まれる。


「っ。おっと。どうしたのだ!!」

「どうした、ではない。それはこっちの台詞だ。何があった?」

「何もないぞ!!」

「嘘を言うな。周りがお前の空気に怯えているぞ」


 周りを見ると、確かに怯えていた。

 イルドリは周りの人の表情にハッとなり、「すまん」と謝った。


「なにを考えていた」


 腕を組み、クロヌは問いかけた。


 イルドリは、クロヌの事は信用している。

 だが、今回の件はクロヌだろう外に漏らしていい案件ではない。


 少し悩んだが、イルドリは話さないことに決めた。


「すまない。今回の件は、たとえクロヌでも話せない」

「そうか。わかった」


 思っていた以上にあっさり引いてくれたクロヌに驚きつつ、イルドリは隣を歩く。


「そういや、最近は勝負を仕掛けてこないな! もう、諦めたか!」

「馬鹿を言え、我も暇ではないのだ。今は色々と忙しいだけだ」

「ふむ、何をしている!」

「話す義理はあるか?」

「ないな!!」

「…………そういうことだ」

「わかった!!」


 そこからは特に会話はなく、二人は外に出た。


 天気が悪い。雨雲が広がり、薄暗い。

 雨の匂いが鼻を掠め、二人は空を見上げた。


「今日は、すぐにでも帰った方がよさそうだな」

「そうだな」


 短い会話を交わし、クロヌは歩き出す。

 イルドリも歩くが、クロヌについて行く訳では無い。


 城の後ろに回り、地下牢への階段を見下ろす。

 警備員二人が出入り口にいるため、ゆっくりも出来ない。すぐに階段を降りた。


 カツン、カツンと、地下に向かう。

 今では、老人がいた牢屋は空。うめき声だけが聞こえる空間となってしまった。


 老人がいた牢屋の中に入ってみる。

 特に、他と変わりはない、ただの牢屋。

 何か手がかりはないかとも思ったが、何も無い。


 イルドリは肩を落とし出ようと振り返る。

 すると、何故かわからないが、寝床に使っていたボロボロの布が目に入る。


 近付いてみると、赤黒い何かが付着していた。

 それが血だということはすぐにわかり、触れてみた。


「乾いている……」


 乾ききっているため最近ではないことは明らか。数年前の可能性もある。


 自殺未遂を繰り返していた時のかもしれない。そう思いながら、布を捲ってみる。


 そこには、予想外なものが隠されており、イルドリは目を見開いた。


「いや、予想は出来ていたかもしれないな……」


 布の下にあったのは、穴。

 顔を覗かせても、どこまで続いているのかわからない、深い穴。人は通れないが、物の運搬なら出来そうだった。


「まさか、この穴を使って、今回の武器である縄を第三者が持って行ったのか?」


 触ってみると、ボロボロと、湿っている土が崩れ落ちる。

 腕を伸ばしてみるが、イルドリの腕がすっぽりはまってもなにも掴めない。


「むー……。ひとまず、父上に報告するか」


 立ち上がり、振り向く。

 そこには、人の影。気配を一切感じさせなかった。


 振り上げていたのは、斧。

 真っ直ぐ落され、イルドリは咄嗟に横に避ける。


「グッ!!」


 だが、完全に避けきる事が出来ず、肩を斬る。

 血が流れ、地面を赤く染めた。


 見上げて誰かを確認するが、壁に備え付けられていた松明は、イルドリが目を離しているうちに壊されており、シルエットしか確認が出来ない。


 すぐに逃げようとしたため、イルドリは光の刃を作り出し、横一線にはらう。


 当たったのか、少しだけ体が傾く。だが、すぐに体勢を立て直し、そのまま走り去ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る