第392話 始まり

 イルドリは普段、父親であるシリルの仕事のお手伝いをしている。

 今も、資料整理の手伝いをするため、シリルの仕事部屋にいた。


 時計の針が進む音と、紙を捲る音だけが響く室内。

 シリルは、資料の確認を行っている際、チラッと横目でイルドリを見た。


 淡々と資料の仕分けをしている実の息子は、シリルの視線には気づいていない。


「……」


 頬杖を突き、イルドリを見る。

 さすがに、ジィーと見られているため、視線を感じ顔を上げた。


「どうしたのですか、父上!!」

「もう少し声を落しても聞こえているぞ」

「わかりました父上!!!」

「まぁ、その方が話しやすいのなら良い」


 やれやれと肩を落とすシリルを見て、イルドリは首を傾げる。


「どうしたのですか、父上!!」

「悩み事か考え事があるように見えてな、何かあったか?」


 シリルからの言葉で目をかすかに開き、イルドリは固まった。

 目を逸らし「うーん」と悩む。


 彼の様子に、シリルは目を細め資料に視線を戻した。


「答えたくないのなら、構わん」

「あっ、いえ!! 答えたくないわけではなく!!」

「言える時に、言ってくれ」


 微笑みを向けられ、イルドリは息を詰まらせる。

 視線を落とし、「すいません」と謝罪を零した。


 そこからは、沈黙が続く。

 先程までは問題なかった沈黙が、急に気まずく感じる。


 資料を分ける手が止まり、イルドリは覚悟を決め、シリルを呼んだ。


「父上!!」

「ん? どうした?」

「地下牢の掃除をした時の話なのだがっ――……」


 話し出そうとした時、外から慌ただしい足音が聞こえ始めた。

 二人が扉を見ると、数秒後に大きな音を立て扉が開かれた。


 ――――バタンッ!!


「大変です、シリル王!! 今まで地下牢に閉じ込めていた老人が一人、!!」


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 シリルとイルドリは、二人で地下牢に走る。

 警護班が囲う牢屋には、見覚えがあった。


「あそこって…………」


 行くと、そこには一人の老人が地面に倒れ動かない。

 牢屋の鍵を開け、中に入り老人へとシリルが近づき、膝を突く。


 口元に手を寄せ、一応生存を確認。深く息を吐いた。


「――――死んでいるな。いつだ」

「先ほど、いつものようにパトロールをしていると、苦しげな声が聞こえ、瞬間倒れる音が聞こえたかと思ったら……」

「なるほど。…………その話だと、妙だな」


 険しい顔を浮かべ、シリルは立ちあがる。


「父上、妙、とは?」

「首元に絞められた跡、苦し気に歪んだ表情で息絶えている。確実に殺されたのは明らか。だが――……」


 そこで言葉を止める。

 続きを催促しようとするが、それより先にシリルが顔を背け、警護班の元へと行ってしまった。


 残されたイルドリは、警護班の間をすり抜け老人に近付く。


「やはり…………」


 地面に倒れ死んでいる老人は、イルドリに昔の話をした老人だった。

 土色の肌、閉じられた瞳。首には、締め付けられたような跡。


「この跡は……縄……か?」


 周りを見るが、縄らしいものは落ちていない。

 

 イルドリがじぃっと見ていると、後ろから肩を叩かれた。

 そこには、何故ここにいるのかわからないクロヌが立っていた。


 声を上げそうになったイルドリの口を押え、クロヌは腕を引っ張る。

 人込みを抜け、牢屋を後にした。


 そんな二人の様子をシリルは見ており、目を細めた。


「シリル王?」

「…………いや、何でもない」


 警護班の一人から声を掛けられ、二人から目を逸らす。

 だが、意識だけは二人に向けられていた。


 ※


 地下から地上に抜けた二人は、城から少し離れた街の奥へと歩く。すると、人が徐々に少なくなり、見えなくなった。


 二人が辿り着いたのは、フォーマメントの端。下を向くと、地上が見える崖っぷちに立った。


 地上は見えるが、透明の壁がフォーマメントを包み込んでいるため落ちる事はない。

 万が一落ちたとしても、二人には翼がある為、問題はない。


 クロヌがなぜここまで引っ張ったのかわからず、イルドリは怪訝そうな顔を向けた。


「…………さっきの老人は、お前が言っていた奴か?」

「そうだぞ! まさか、死ぬとは思っていなかった!!」

「誰でも、人の死はわからなぬものだ」

「…………そんな話をするため、ここまで呼び出したのか?!?!」


 クロヌの言いたい事がわからず、イルドリは直球に問いかけた。


「あの老人は、お前に大きな事件に巻き込まれると、言ったんだったな」

「そうだ!!」

「タイミングが、良すぎないか?」


 地上を見ていたクロヌが振り向き、イルドリと目を合わせた。


「だが、まだたまたまとも言い切れるだろう!! そもそも、私達は勝手に戦闘を行った事で地下の掃除を任されたのだ! 地下牢に閉じ込められていた老人では、外の状況などわからぬだろう!!」

「そうだな。占いで自分の未来を見る事が出来ない場合は、だが……」


 今の言葉に、イルドリは目を開き、顎に手を置いた。


「まさか、私達が地下に来る事を占いで知り、わざわざ私に話をしたと言いたいのか??!!」

「可能性は、ゼロではない」

「だが、その理由はなんだ? 何が目的だ」

「それは…………」


 そこで、クロヌは口を閉ざしてしまった。

 流石に今回の事件だけでは、これ以上の事はわからない。


 クロヌはこれ以上何も言わず、イルドリも口を閉ざした。

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