第391話 罪の重さ

「殺した……だと?」

「そうだ。ワシは彼女を殺し、自分の命を絶ち、人生を終らせようとした。だが、運が悪いのかいいのか。通報を受けたであろう警護班が家の中に突入して、叶わなくなってしまったのだ」


「そこからは、ここで二百年は生活をしている」と、話を締めくくった。

 最初はどちらも口を開かず、沈黙状態。


 頭の整理が追いつかなかったイルドリは、息を大きく吸い、頭をガシガシと掻いた。


「それは悲惨だったと思う!! だが!! それと、私が事件に巻き込まれるというのは、どう関係するのだ!!」

「そうだったなぁ。まぁ、老人の戯言だ」


 と、口を閉ざした。

 話の途中で感情を昂らせた老人は、いつの間にか最初のように淡々とした口調に戻り、表情もニコニコとしていた。


 先程の話をした後に、すぐ元通りに戻るのも不気味なもので、イルドリは固唾を飲む。


「…………肝に銘じておく」


 もう、それしか言えず、イルドリは今度こそ足早に老人の元から歩き去る。

 そんな彼の後ろ姿を見ていた老人は、白い歯を見せ、微かに笑った。


「主も、ワシと同じ経験をするがよい。理不尽に命より大事な者を失う恐怖をな――……」


 ※


 すぐにクロヌの元へ戻ったイルドリの顔は、真っ青。

 普通ではない彼に、クロヌは眉を顰め、箒を壁に立てかけた。


「なんだ、気持ちの悪い顔をしおって。何を見た」

「…………いや、何でもない! 見た事もないほど大きな虫がいただけだ!」


 声はいつもより弱いが、それでも大きい。

 その声量で誤魔化しているように感じ、クロヌは眉を顰めた。


「…………そうか」


 イルドリが戻ってきた方向を見て、クロヌは立ち止まる。

 奥からはうめき声と共に、老人の笑い声が微かに聞こえ、目を細めた。


「まさか、巻き込んだのか……」


 舌打ちを零し、クロヌは怒りが込められた瞳を地下牢の奥へと向けた。


 ※


 無事にシリルから許しを得た二人は、汗を流すため銭湯に浸かっていた。


「なぜ、同じ時間に入る」

「仕方がないだろう!! 父上に今すぐ入って来いと言われたのだから!!」


 イルドリの言う通り、シリルは二人の仲を深めようと、無理やり共に銭湯へと放り込んだ。


 だが、それは逆効果。

 今にも喧嘩勃発する雰囲気に、周りで落ち着いていたアンヘル族は、早々に上がってしまった。


「はぁ…………。おい」

「なんだ!!」

「貴様、地下牢の掃除をしている時、何を見た」

「だから、見た事もないほど大きな虫を――……」

「そうではないだろう。貴様の動揺と、微かな恐怖心に我が気づかぬと思うか?」


 横目で見られてしまい、イルドリは顔を逸らすが視線を感じ誤魔化せないと悟った。

 苦笑いを浮かべ、お湯を顔にかける。


「はぁ、わかった」


 声を潜め、イルドリは目を合わせることなく話し出した。


「少々、気持ち悪い話を聞いたのだ」

「どんな話だ」


 イルドリは何も隠すことなく、老人に言われたことを伝えた。

 表情一つ変えないで聞き入っているクロヌに感心しつつ、イルドリは淡々と話し終えた。


「――――こんな話を聞いたのだ。気分も悪くなるだろう」

「確かに、それは気分の良い話ではないな」


 聞いたクロヌは、どこか上の空。考え事をしているようにも感じ、イルソリは首を傾げた。


「――――その老人は、もう地下に牢獄され二百年経っていると言っていたな」

「らしいぞ!」

「その二百年の中で、何度も自殺未遂を繰り返してきたと、微かに耳にしたことがあるな」

「そうなのか?」

「確かな。だから、刃物になりそうなものや、傷付けるようなものは一切渡さなくなったらしい」


 重くなった空気を紛らわすように、クロヌはお湯で顔を濡らした。


「自殺未遂か……」

「シリル王が絶対に許すなよと、伝達していたみたいだ」

「父上らしいな」


 シリルは厳格で、頭が固い。

 だが、誰よりもフォーマメントを愛し、アンヘル族を大事にしている。


 老人の悲惨な出来事は、対応が出来ず酷く後悔した。

 せめて、生き残った老人だけでも、もっと暮らしやすくしたいと考えていただろう。


 だが、理由がどうであれ、人を殺してしまった罪は重い。それに、老人は生きる事をしない。


 悶々と考えているうちに、二百年と時が経ってしまったと、クロヌは説明した。


「よく知っているな。息子である私でも知らない話だったぞ!」

「一時は有名になった事件だ。さすがに裏の事情は手に入れるのに時間はかかったが、まぁいいだろう」


 情報経由は、話さない。

 クロヌは口が堅く、イルドリもそれをわかっている為、無理やり聞こうとはしなかった。


「まぁ、話は分かった。あまり深く考えるな。これからなど、誰にもわからん」

「わかっている!!」


 クロヌからの、慰めるような予想外な言葉に面食らいそうになりながらも、イルドリもいつも通りを崩さず答えた。


 この後は、お互いどれだけ長く湯船につかれるか勝負をし、湯あたりしたところを近くにいたアンヘル族に支えられ、またしてもシリルに怒られてしまった。

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