第390話 占い

 老人の言葉に、イルドリは思わず手を止めてしまった。

 顔を上げ、柔和な笑みを浮かべている老人を見る。


「…………馬鹿な事を言うな!」

「馬鹿な事ではないんだがなぁ」


 老人の声は一定。嘘をついている様子もない。


 だからこそ、気にしていないという振る舞いをしているイルドリだが、内心冷や汗を流していた。


「ワシの罪を教えてやろう」

「罪、だと?」

「そうだ。ワシは、占いを生業として生活をしていたんだ」


 老人は、懐かしむように少し顔を上げ、語り出した。


 イルドリは、早く掃除を終らせここから出たいので聞きたくなかったが、話しだしてしまったため、檻を拭きながら片手間に聞く事にした。


「ワシには、家族がいてな。可愛い妻と、元気な息子二人。幸せな生活をしていたんだ。占いも、バンバン当たってな、有名だったのだ」

「はぁ…………」


 結局、自慢したいだけかと、イルドリは無視しようと立ち上がり、違う檻を拭く為その場から離れようとした。


 だが、老人は変わらず話し続ける。


「だが、二人組の男女を占った時、少々不穏な結果が出たんだ。気にならないか?」

「興味ないな!! 掃除の邪魔をしないでほしい!!」

「男性の死が、占い結果として出たのだ」


 その言葉に、移動しようと踏み出した足が自然と止まる。


「二人の占いは、恋愛についてだった。今後も共に生活できるのかという、いたって普通の占いを頼まれた。だが、その結果は、あまりに悲惨で、二人は受け止められなかったのだろう」


 口調が一定なだけに、不気味に感じる。

 イルドリは背中を向けたまま、その場に立ち尽くす。


「素直に伝えたのが悪いのか。男性は自身の死を知らされ、怒り出してしまったのだ。ワシは殴られたが、彼女さんがすぐに止めてくれ、その場は終わった」

「そうか、それなら良かったな!!」

「あぁ、その場はな」


 強調される言葉。続きがある事を仄めかす言い方に、イルドリは思わず肩越しに老人を振り向いた。


「そこから、ワシの人生は狂った。息子二人は急に仲の良かった友達にいじめられるようになり、妻は孤立し始めた」


 ここから声が沈み始め、老人が視線を落とす。


「ワシの占いも徐々に当たらなくなり、家族は孤立していった」


 一度息を吐き、一泊置く。


「居場所がなくなり、生活は困窮してしまう。食べる物すら手に入れられなくなったワシは、どうすればいいか悩んだ。そんな時、男女で占いに来た時の、彼女さんがワシの家に来たんだ」


 重くなる空気、予想出来る展開。ここで去る事が出来ず、イルドリは耳を傾け続けた。


「彼女さんが放った言葉はこうだ。『お前のせいで彼が死んだ。お前が占いをしたせいで。お前が私を孤独させた』と」


 やはりか、と思いつつイルドリは話の続きを待った。


「おかしな話だろう。ワシは、占いを頼まれたからしただけだ。その結果が、男性の死だっただけの事。ワシが、彼の死を望んだわけではない、裏で動いたわけでもない。それにも関わらず、すべての罪は、ワシに向けられた」


 声に怒りが芽生え始めているのか、微かに震えている。

 胡坐をかいていた足に乗せていた手で拳を作り、爪がめり込み血が流れ落ちる。


 突如変わった空気に、イルドリは冷や汗を流し振り向いた。


「それからは早かった。ワシを押し退け、家の中をグチャグチャにしていったのだ。数少なかった食料は全て駄目になり、タンスやテーブルなども壊された。ただただ、彼女の恨みが落ち着くまで待っているしか出来ない状況」


 想像しただけでも身震いしてしまいそうな状況に、イルドリは息を飲む。


「そんな時、息子が大事にしていた飛行機のおもちゃがあったのだ。それも、容赦なく壊そうとした。だがな? 息子は、それだけは本気で拒んだんだ」


 俯かせていた顔を上げ、今度は天井を見上げた。


「駆けだしたかと思えば、息子は彼女に飛び掛かった。慌てて妻が追いかけようとしたが、それより先に彼女が息子を突き飛ばす。子供だから、簡単に吹っ飛ばされ、運悪くタンスの角に頭を強くぶつけてしまった」


 イルドリは、心拍数が高くなる心臓を抑え、息を飲む。


「血が流れ、動かなくなる息子。さすがにまずいと思ったのか、彼女はここで動きを止めた。ワシらを見回し、何を思ったのか。近くに投げられていた鍋を両手で持ち、妻に殴り掛かった。もう、感情が狂っていたのだろうよ」


「はっはっはっはっ」と笑うが、感情が乗せられていない。


「ワシは急いで止めようとした。だが、止められなかった。ガツンと、頭に響く音が聞こえたかと思うと、妻は動かなくなった。次に息子も蹴られ、壁に激突。彼女が次に狙いを定めたのは、ワシだった。ゆっくりと近づいて来た彼女の持っている鍋には、血。もう、助からないと察してしまったんだ」


 大きなため息を吐き、淡い笑みを浮かべたかと思うと、冷や汗を流しているイルドリを見た。


「だから、ワシは思った。もう、守る者も何もないと。だから、ワシは、彼女を殺したんだ。ワシの人生を狂わせた彼女を――……」

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