第356話 知里の意識が戻った時が楽しみだ

 っ、ガクンと、知里の身体が項垂れた。

 な、何があった……の?


 周りを見ると、皆顔を見合せ、困惑の表情を浮かべていた。


「…………どうなったのでしょうか」

「さぁ…………あ」


 グレールが知里の肩に手を置いた。

 でも、何も反応を見せない。


「チサト様? いかが致しましたか?」


 ……声をかけても同じみたい。

 僕も横まで移動して声をかけるけど同じ、反応はない。


「ん? どうしたの、クラウド」


 ジィ~と見ていたクラウドが、僕達を下がらせ知里に顔を寄せた。


「――――違う」

「違う? 何がですか?」


 な、何が違うの?


「もう、こいつはあいつじゃねぇ」

「…………言いたい事はわかるけど、頭がこんがらがるから名前を言ってくれない?」


 名前を憶えていないとかないよね。

 後ろでアルカが首を傾げているよ、頭で処理が出来ていないみたいだ。


「カガミヤさんが、カガミヤさんじゃないという事だよ」

「えっ、カガミヤが、カガミヤじゃない!? な、なら、誰なんだよ?!」


 いや、状況的に知里じゃないのならグラースでしょ。取り憑き成功ってことでいいのかな……。


「いかがいたしますか」

「あ、僕に聞くんだね。んー……、どうしようね」


 グレールに聞かれたけど、僕も分からないよ、これ……。

 無暗に何かすれば、知里の身体が危ないし……。


 今は僕との接続を切っているから、知里の身体がどうなっているのか、どれくらい危険な状態なのか。それが把握できない。


 クラウドは肩をピクッと動かしたかと思うと、一歩後ろに下がる。


「どうしたの?」


 聞くと同時に、知里が動き出した。

 周りの人達は息を飲み、どうなったか見る。


 ゆっくりと顔を上げる知里。

 見ていると、黒い瞳と目が合った。


「――――知里?」


 いつもと、雰囲気が確実に違うな。

 血色がいつもより悪い。無表情で周りを見ている。


「チサト様?」


 グレールが名前を呼ぶと、やっと知里は笑い出した――――笑い出した?


『あー!! 兄さん!! 僕のことわかる?? 僕だよ!!』

「「………………」」


 ち、知里が満面の笑みを浮かべ、グレールを呼んでいる。

 グレールを、呼んでいるんだよね? 多分。兄さんって言ってるし。


『────あ、あれ。あ、そうだ。椅子に縛り付けられていたんだった…………んーー!!! 兄さん!! 僕だよ!! 早くこの縄を解いて!!』


 縄から抜け出そうとしているけど、椅子がカタカタと揺れるだけで抜けられない。

 グレールがきつめに結んでいたもんね、そうなるか。


「解いてあげたら?」


 隣で顔面蒼白になっているグレールに言うと、ゆっくりと顔だけをこっちに向けた。


 ホラーかな? 普通に怖いんだけど。


「ま、まだ、解くのは早いかと」

「なんで?」

「チサト様は今、魔法が使えません。私達を騙し、縄を解かせようとしているのかもしれないです」


 …………絶対に、それはないでしょ。

 だって、こんな、満面な笑み。今も、ニコニコ笑っているよ?


 普段、表情筋が死んでいる知里がずっと笑っているんだよ?

 演技でここまで出来ないだろうし、性格上絶対にやらないでしょ。


 お金が絡んでいる時にしかこんな演技しないよ。


「グレール、それは本当に言ってる?」

「…………すいません、取り乱しました。見た目、声がチサト様なのに、口調があまりにも弟みたいで……。それに、私を兄さんと呼ぶなど…………」


 頭を抱えている。


 まぁ、そうなるよね。

 正直、僕がグレールと同じ立場だったら普通に吐いていると思う。

 体内に吐くものないけど、気持ち的に。


 だって、気持ち悪いもん、知里に兄さん呼びされるの。


『にいさぁぁぁあん』

「泣かないでくださいグラース。貴方の姿で泣いていたら可愛いですが、今の姿で泣かれても嫌悪感しかありません」


 グレール、気を許しているんだね、知里に。

 だから、平然とそんなことが言えるんだよね、うん。


 そう考えるようにするよ。


「とりあえず、今解くからあまり暴れない方がいいよ。椅子が後ろに倒れる」


 今にも倒れそうだった椅子を抑えて、後ろで結んでいる縄を解く。

 解く…………ほどっ…………。


「どれだけきつく結んだの、グレール……」

「チサト様でも解けないように固くしてしまいました」


 僕から変わり、グレールも外そうとするけど、固くて無理みたい。

 自分で結んだのに……。


「これは、切るしかありませんね」


 氷の刃を作り出したかと思うと、容赦なく手のギリギリを斬る。


 …………これ、ロゼだったらどうやって…………そもそも結ばないか。


『兄さん!!!』

「――――っ!!」


 …………………………………………知里に抱き着かれているグレールに助けを求められているけど、僕はしーらない。

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