第357話 不運体質すぎるでよ、知里……

 やっとグレールから離れた知里――――グラースは、椅子に座り直し、頬を撫でている。


『なんか、頬が痛い…………』

「普段使わない表情筋を盛大に使っているから、疲れたんでしょ。それより、取り憑くと知里の意識は無くなってしまうの?」


 流石に、それだと困る。

 気持ち悪いというのが一番の理由だけど、目的が変わってしまっている。


 知里が声に出さなくてもグラースと意思疎通が出来るように取り憑いたはずなのに、これだと本末転倒だ。


『みたいだねぇ。このままチサトの意識を戻す事が出来ればいいんだけど。なんか、難しいからこのままがいいなぁ~』

「「駄目!!」」


 わっ! びっくり。

 後ろからアルカとリヒトが大きな声で否定してきた。

 僕達の横を通り、グラースに駆け寄って行く。


「早くカガミヤさんを戻してください!」

「カガミヤを早く戻してくれ!」


 必死だなぁ、必死にもなるか。


 グラースは、二人の気迫に目を丸くしている。

 数回瞬きをしたかと思うと、にんまりと笑った。


 これは、まさか…………。


『――――嫌だ』

「「えっ」」


 やっぱりと言うべきか……。

 知里、君は本当に不運体質だね。巻き込まれるこっちの身にもなってよ。


「グラース、ふざけています?」

『ふざけていないよ、兄さん。僕は、やっと肉体をゲットした。これで僕は、みんなとお話が出来る。嬉しいよぉ~』


 ニコニコと笑いながら、グラースが言う。

 どうすればいいかなぁ。このままはさすがにまずいよねぇ。


「――――グラース」

『なぁに? 元、管理者さん』


 あえてそんな言い方しているなぁ。

 別に、なんとも思わないけど。


「本当に、そう思っているの?」

『思っているよぉ? なんでわざわざそんなことを聞くの?』

「嘘を言っているような気がしてね」


 ――――あっ、グレールが何かに気づいたみたい。


 やっぱり、人は嘘を吐く時、嘘が暴かれそうになった時、何かしら癖が無意識に出る。

 兄であるグレールならわかるかなとは思ったけど、良かった。


「嘘は言わない方がいいよ。僕、人の思考を読むことが出来るんだよね。魔法で」

『…………そんなこと、出来るのぉ?』

「音魔法にあるんだよね、そういう魔法が。だから、嘘を言っても意味は無いよ?」


 まぁ、これは普通に嘘だけど。

 人の思考を読むものじゃなくて、僕の思考を周りに送る魔法だしね、持ってるの。


 今回はアルカとリヒトも余計な事は言わないだろう。空気感的に。


『…………そんな魔法、あるんだ……。残念…………』

「それで、なんであんなことを言ったの?」

『少しの間だけ、体を貸してほしいとは思っていたんだ。でも、この人は多分、嫌がるし、他の人も嫌がるかなって思って。だから、今がチャンスかなって』


 それは、確かにそうだね。

 アルカとリヒトは絶対に嫌だろうし、知里も拒否るだろうね。


「グラースは何がしたかったんですか? 勝手に人の身体を使用しようとするほど、やらなければならないことが?」


 口調は冷静を保っているけど、どこか焦っているな、グレール。

 責任を感じているのだろうか、兄だからとか考えて。


『…………星屑の図書館で、調べ物がしたかったの』

「調べ物?」

『うん。幽体だと、本に触れる事すら出来ないから…………』

「それは、知里様に伝えれば、おそらく本を探すくらいはしてくれると思いますよ。体を乗っ取らなくても」

『それは、ほら。ずっと幽体だったから、久しぶりの身体に少しテンション上がったと言うか…………』


 目を逸らし、何かもじもじしている。

 知里が絶対にやらない行動、表情。これはこれで面白いから見ていたい気もするね。


『はぁぁぁぁ、仕方がない。今は出て行くね。さすがに、これ以上いると、この体を本当に乗っ取りそうで怖い』

「…………グラース」


 出て行こうとしたグラースに、グレールが声をかけた。

 どうしたんだろう。


『どうしたの? 兄さん』

「いや、謝りたくて……。戦争が行われていた時、私はグラースを置いて、助けを呼びに行った。私が離れなければ、グラースは死ななかったかもしれない。死んでしまったとしても、それは私と共に…………ムグ!!」


 グレールが自分を責めだした瞬間、グラースが右手で両頬をギュッと挟んだ。

 へぇ、無表情だと、知里だね。いや、体は知里だから、知里なんだけど。


『兄さん。僕は、あの時の兄さんの行動を間違えたとは思っていない。逆に、嬉しかった。兄さんだけでも、生き残る事が出来たから。僕は、嬉しいよ』


 何も言わないグレールを見ていると、フッと息を吐き、手を離した。


『僕は、兄さんが大好きだから、生きててくれて嬉しいし、これからも兄さんは兄さんであってほしい。これからまた、直接話しができなくなるけど、僕は兄さんと共に居るよ、物理的にね!!』


 知里の顔で満面な笑みを浮かべたグラースは、それだけを言うと目を閉じた。

 すると、知里の身体が傾きっ――――!?


 僕が駆けだす前に、アルカが駆け出し知里を支えた。

 自分より大きな知里を余裕で受け止める事が出来るのって、凄いなぁ。


「――――んっ」

「あ、起きたかな?」


 アルカに支えられた知里が唸り出した。

 目を微かに開けっ――――


「な、泣いてる、の?」


 知里の目から、涙が零れ落ちていた。

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