第355話 なんで俺がこんな目に合わないといけないんだよ

「それなら、お試しで取り憑く事とか出来ないかな」

「なに、その使用期間的な。そんなこと出来る訳ないだろう」


 一応、グラースを見てみると、眉を下げている。

 やっぱり無理だろう。どこのご都合主義だよ。


『…………できなくはないかもしれないけど……』

「なんて?」

『出来なくはないかもしれないと言ったんだよ?』


 いやいや、なんでだ?

 出来るのか? それは、本当に出来るのか?


 つーか、出来るからって何?

 まさか、俺に取り憑こうとか本気で思ってんのか?


「グラースは、出来そうとか言ってるの?」

「出来なくはない的なことを言ってる」

「出来なくはないのなら、やるしかないと思うよ? 独り言をブツブツ呟ている人と一緒に行動なんて、僕達は絶対に嫌だからね?」


 こんの、鬼どもがぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあああ。


 ※


「なんで、こうなった」


 なんで、なんで俺は、自ら取り憑かれに行かないといけないんだ。


「それじゃ、準備はいいですか?」

「出来ていないと言い続ければ取り憑かれずに済みますか?」

「氷漬けになりたいのならそれでもいいと思いますよ?」

「デキマシタ」

「ありがとうございます」


 何が起きてもいいように、今は格技場にいる。

 俺は、何故か椅子に縛られ、身動きが取れない状態にされた。


 これで準備が出来ているとか聞かれても困るんだが……。


「おもしれぇ」

「クラウド、後でお前は必ず俺が葬り去る」

「やってみろやぁ。炎魔法を使えないおめぇなんぞ、俺様の足元にも及ばねぇわ」


 ぐぬぬ……言い返せねぇ……。

 魔法が使えない俺は、確かにただの一般会社員だもんな。


 ……あっ、今は会社員でもなかったわ。

 誰か、俺を慰めてくれ。


「では、グラースの準備は整っていますか?」


 グレールの視線は俺に向けられている。

 お前の隣にいるぞ、グラース。見えていないから仕方がないけど。


「聞かれているが?」

『今から準備するねぇ~』


 言いながら俺の隣まで移動して来た。

 ニコニコと、拘束されている俺を見下ろしてくる。


 怖い。なんか、これから取り憑かれるからなのか、とてつもなく怖い。


『はい、準備、出来たよ。伝えて?』


 …………ものすごく怖いんですがぁぁぁぁぁぁあ!?!?


「チサト様、グラースの準備は出来ましたか?」

「…………デキテナイヨ」

「?? そうですか。どのくらいで出来そうですか?」

「あと、一時間は出来ないかな」

「…………私は、チサト様の心の準備を聞いているのではなく、グラースの準備が出来たのかを聞いているのですが?」


 これは、本当に、覚悟を決めないといけない感じか……。


「はい、出来たらしいです」

「わかりました。では、グラース、よろしく」


 グレールが言うと、グラースは嬉しそうに『あいあいさー』と、返事。


 息を大きく吸うと、右手を俺の肩に乗せる。

 吸い込んだ息を吐き、目を閉じた。


 集中力を高めているのか、深呼吸を繰り返す。

 今の所、俺の身体に変化はない。


 添えている手も、特に変化はない。

 取り憑す事すら出来ないとか、ないよな?


 それから数分、特に何も変化はなかった。

 アルカとリヒトは不安げにお互い顔を見合せ、ロゼ姫とグレールも同じく不安そうに眉を下げている。


 アマリアとクラウドは表情一つ変えずに、俺を見続けていた。


 …………これは、いつまで待てばいいのだろうか。

 拘束されているからなのか知らないが、普通に体が痛いぞ。


「――――おい、まだ待っていないといけっ――――」



 ――――ドクンッ



「──っ!!!」

「チサト様!?」

「カガミヤさん!?」


 周りの、焦った声が聞こえる。

 でも、今はそれどころではない。


 心臓が、痛い。耳鳴りが酷い。息が出来ない。


 歯を食いしばっていると、俺の肩に添えていたグラースの手が、徐々に身体に入っていた。


 まさか、これが取り憑かれている時の感覚なのか?

 痛いし、苦しいし、辛いんだが!?


「――――っ、くっそ…………」


 い、しきが、遠のく。

 目の前が真っ白に、なる。


 やばい、このまま意識を飛ばしたら、俺はどうなるんだ。

 体を乗っ取られるのか、意識がもう戻らないんじゃないか。


 いや、大丈夫だ。

 相手は、あの、グレールの弟だぞ。


 大丈夫、絶対に、だいじょっ――……

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