第352話 何も抱えていない人間なんて、この場にいないよなぁ~
俺は今、魔法が使えないことをすっかり忘れ、いつものように炎魔法を出しそうになった。
まぁ、出なかったんだけど。
グレールも忘れていたらしく、氷魔法を発動した直後に思い出し、威力を軽減、リヒトが咄嗟にシールド魔法を出してくれて俺の命は助かった。
「死ぬかと思った」
「今回のは、さすがに申し訳ありませんでした。魔法を発動出来ないのを忘れていました」
「俺も忘れていたが、まさかこんなことになるなんて…………」
これは、早急に魔力を取り戻さないといけなくなってきたな。
魔法があるのが当たり前のこの世界、今みたいなこともあるだろう。
いや、俺が発言を気を付ければいいのか?
いやいや、なんで俺がそこまで気にしないといけないんだよ。
完全なるとばっちりだよ。
「…………あの、本当に弟――――グラースがその場にいるのですか?」
「いるぞ。今は俺の隣でニコニコしている」
言うと、グレールは俺の隣に手を伸ばす。
何かを感じ取ったのか、見えないはずなのにグラースがいる方に手を伸ばした。
きょとんと目を丸くしているグラースは、伸ばされたグレールの手を掴もうとする。
だが、触れる事は出来ない。すり抜け、空を切る。
『…………触れなぁい』
「みたいだな。幽体なんだし、仕方がないんじゃないか?」
『悲しいなぁ』
「もう死んでいるんだから、それは諦めろよ」
『はーい』
素直だな。
グレールがひねくれているから、弟君もひねくれているのかなと思っていたが、どうやらそうではないらしい。
「グラース……私を恨んで成仏出来ないのですか……。私があの時、傍を離れてしまったから…………」
『それは違うよ、兄さん。本当に違うんだ……』
笑みを浮かべていたグラースが、グレールの言葉に不満を見せる。
俺がそのまま伝えると、グレールが笑いを漏らした。
「まぁ、そう言いますよね。グラースの言葉だったとしても、チサト様の言葉だったとしても」
「俺の言葉の訳ないだろうが。何を指しての言葉なのかわからんのに」
グレールの過去なんぞ、俺は知らん。
何を思い出しての言葉なのか。
俺は全く知らんのに、否定の言葉なんて言うわけないだろうが。
肯定も否定も出来ない状況なんだって、今の俺の立場。
だが、今は二人の因縁について追及するのはめんどくさい。
なんか、成仏出来ないという事は、何かしら抱えているという事だろう?
今以上に問題を持って来られると困るんだよ。
このまま何事もなかったかのように物事を進める事は、出来ないだろうか。
出来ないだろうなぁ、はぁ……。
「チサト様」
「なんだ?」
「グラースがこの世をさ迷っている理由は、お聞き出来ますか?」
横目でグラースを見ると、笑みを浮かべつつも、眉を下げ首を横に振ってしまった。
『実は、なんで僕がこの世をさ迷っているのか、僕自身もわからないんだよねぇ』
終ったじゃん。
グレールに伝えると、考え込んでしまった。
「やっぱり、私の事を恨んでいるのでしょうか」
『だから、それはないってば……はぁ。兄さんは何でもかんでも自分の責任にして、何でも背負い、何でも自分で解決しようとするんだからぁ……』
怒ってる怒ってる。
ポルターガイストとか起きないよね?
『僕達が捨てられた時も、自分一人で何とかしようとしてさぁ。そこには、怒っているよ、僕』
「え、二人は捨てられたのか?」
『そうだよ。親に、スラム街に捨てられた。子供だったから危険がいっぱいで、何度も命を落としかけたよ』
「うわぁ……」
思わずチラッとグレールを見ると、微かに目を見開き驚いていた。
「ほ、本当にその場にいるのですね。グラースが」
「おう、さっきから言っているが、しっかりとここにお前の弟は存在する。そんで、お前は何でも自分で背負いこみ過ぎだって怒っているぞ」
言うと、グレールはまたしても空笑い。
頭を手で押さえたかと思うと、何故か大きな声で笑い出した。
今度は、グレールが壊れたか?
「なんか、色々抱えていたみたいだね」
「抱えてねぇ人間なんて、いないんじゃないか? この場に」
隣まで来たアマリアを見ると、フッと軽く息を吐き「そうだね」と、天井を見上げた。
「人生、ハードモードだね」
「そうだな。だが、それくらいじゃないと、強くなれないのかもしれないな」
「そうだね」
グレールはひとしきり笑うと、涙を拭き謝罪。
すっきりしたような笑みを浮かべた。
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