第320話 胸糞わりぃなぁ……

 夜は、やっぱり人がいない。

 元々深海だから暗さは特に変わらないけど、人がいないと心無しが薄気味悪く感じるな。


「この気配って、裏路地か?」

「そうだね。急ごうか」


 走り、店の裏に。

 街灯とかがないから、心無しとかではなく普通に暗くて不気味。


 足元や、気配などを意識しながら走っているが、特に気になるものはない。

 物音も特に聞こえないし、魔力も感じない。


「――――止まれ」


 俺とクラウド以外の足音が微かに聞こえる。

 アマリアは飛んでいるから、足音なんて絶対にしないし。


 俺達が止まっても、耳をすませば聞こえる。

 人のあしおっ――……


『しっかりしてください! ソフィアさん!!』


 今の叫び声!


「行くぞ!!」

「うん」


 今の叫び声、アンキだ。暗闇の奥に、アンキとソフィアがいる。

 言葉的に、ソフィアが危険な目に合っている。


 くっそ、リヒトも連れて来るべきだったか?

 軽傷だといいんだが、あそこまで取り乱しているということは、絶対に命に関わるだろう。


 全力で走ると、前方に人影が二人、見えた。

 ――――いや、二人、じゃない。


 三人、見える。


 やっと肉眼で確認出来る所まで近付けた。

 だが、そこで足が止まる。


「――――おやぁ? お久しぶりですね~。元気そうで何よりですよぉ~、知里」

「やっぱり、お前だったのかよ、アクア」


 アクアが赤く染まった手を一舐めし、にっこりと笑いかけてきた。


 黒いローブにも、よく見ると返り血が付いている。

 ――――いや、返り血だけじゃない。


「お前、結構な傷じゃねぇか?」

「そうなんですよぉ~、すごく楽しかったですよぉ~? でも、もう終わりですかねぇ。残念」


 眉を下げ、本当に残念そうに腕を下げるアクアの目線の先を辿ると――――っ!


「ソフィア!?」


 ソフィアが、アンキに抱きしめられ倒れている。

 見たところ、意識がない。気を失ってんのか?


 しかも、酷い傷だ。

 二人の下に血だまりが出来ている。


 あれは、ソフィアだけの血じゃない。

 …………アンキの右腕が、無くなってる。


 暗かったのと、アクアに気を取られていたからすぐ認識できなかったが、酷い惨状となっていた。


 壁や床には血が飛び散り、ここだけ雨が降ったのかと思う程に濡れている。

 腕も一本転がり、胸糞わりぃ。胃にある物がせり上がってくる。


「さすがに、残酷な事をしたね、アクア。ここまで散らかすなんて」

「アマリアじゃないですかぁ〜。これは、命令なんですぅ~。ソフィアを仲間に勧誘。無理なら、殺せと」


 フフッと笑いながら、アクアが近づいて来る。


「これは、アマリアもいけないんですよ? 管理者が徐々に人数を減らし、この世界の管理が難しくなっているんですぅ~。もう、働きっぱなしで大変ですよぉ~」


 やれやれと言うように、アクアが肩を落とし、二人の隣を通り抜ける。

 あともう少しで、俺達の目の前まで来る。


「でも、それだったら補充すればいいという話になったんですぅ~。メンバーを集めれば、人数が集まれば、個々の負担は減りますもんねぇ~」


 気配が、わからない。

 空気が、揺れない。

 足音が、聞こえない。


 確実に近付いて来ているのに。

 確実に目の前まで迫ってきているのに。


 確実に、俺達の近くまで来ているのに、そう、感じない。


 ――――ピタッ


「でも、やっぱり、知里。貴方が一番、悪いです」


 視界が、アクアの藍色の瞳で塞がれる。

 何も見えない、何も感じない。


 まるで、水の中に入れられた感覚だ。


「――――おもしれぇ!!」


 歓喜の、声?


 ――――ザシュッ


 視界に、光の刃。

 アクアは後ろに跳び回避、不機嫌むき出しの表情で俺の隣を見た。


 俺も視線を辿ると、そこには悪魔のような笑みを浮かべているクラウドの姿。

 さっきの光の刃は、クラウドが出したものか。


「誰ですかぁ~? 貴方の事、すらっ――――」


 アクアが話している途中、彼の背後あら拳。

 体を捻り回避、避けた勢いのまま振り向くと、そこには息の荒いソフィアが舌打ちを零し立っていた。


「おやぁ。まだ動けたんですね!? 力もまだ込められるみたいで良かったですぅ~」

「嬉しそうに言ってんじゃねぇよ、サイコ野郎」


 ソフィアとアクアが睨んでいると、クラウドが俺の前に出る。


「なぁ、俺様と勝負してくれよ。お前、面白い」


 下唇を舐め、クラウドが光の刃を握りながらアクアの睨む。

 おいおい、辞めろって、殺されるぞ!


「…………貴方は、つまらないです」

「はっ――――!?」


 ――――はぃ?


「クラウド!?」


 見えない何かが、クラウドの身体を切り刻む。

 い、いや、切り刻んだわけじゃねぇけど。


「ぐっ!!」

「クラウド、大丈夫か?」


 近付くと、結構酷い。

 体の至る所が深く切られている。


「おやぁ? これで殺せたと思ったのですが、残念ですねぇ」

「くっそ…………」


 今は動くなと言い、後ろに下がらせる。

 アクアの後ろには――――あ、あれ? ソフィアはどこに?


「今う具に動けるか?」

「うおっぷ!? お、おう…………」


 け、気配無く後ろに立つな!!


 …………って、やっぱり、こいつも酷い怪我だ。


「ソフィア、大丈夫なのか?」

「問題ない。このくらい、日常茶飯事だ」


 普通に話しているが、今も血は止まっていない。


 足は深く切られているのか右足に力が入っていないし、腕からも血が流れている。

 額も深く切っているみたいだし、重症じゃねぇかよ。


「まだまだ元気そうですねぇ~、良かったです。まだ、勧誘が出来ますねぇ~」

「何度勧誘されても、俺の答えは変わらねぇよ。管理者と言う、よくわからんもんに入る気はさらさらねぇ」

「それなら死ぬだけですが、それでもいいのですかぁ~」

「元々、どんな殺され方をされても無理はない人生を送ってきたんだ。問題、っ、ねぇよ」


 息が、荒い。

 本当に死んじまうぞ。


「それは残念です。では、さようなら、しましょうか」


 獣の手は、水が渦を巻くように無くなり、人間の手に戻る。

 あれも魔法だったのか。


 右手を前に出し、魔法を放とうとする。

 させるかよ!!


 魔導書を出し魔法を放とうとするが、なぜかソフィアが焦ったように俺に飛び掛かってきた!?


「ばかやろう!! もう魔法は放たれている!!」

「――――え」


 だって、魔法、唱えてっ――……


 ――――ザザザザザザザッ


「────地面が、刃が通ったみたいに、削られた、だと?」

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