第120話 まさかここまでしてくるなんて思わなかった

 アマリアの言葉は本物、嘘偽りはない。フェアズにもちゃんと届いたはずだ。


 その証拠に、フェアズの深緑色の瞳から、透明の涙が溢れ出る。


「ごめんなさい、ごめんなさい。私も、アマリアの事が好きよ。ずっと、好きよ。ごめんなさい」

「っ! そっか。フェアズ、ありがとう」


 二人がお互い抱きしめ合い、想いを確認し合う。


 今回の件は、ここに落ちたか。こういう形で終わったか。

 まぁ、及第点。新しい魔法も試す事が出来たし、悪くはない終わりだ。


「アマリア、これからはもっと素直になってね」

「ごめん、それは難しいかも。でも、今まで以上に愛すと誓うよ」


 …………なんだろう、胃の中がむかむかする。

 胃もたれかなぁ、甘いものを現在進行形で摂取しているからかなぁ。


 ここで一人、リヒトだけが興奮している。

 めっちゃピンクの声を上げている、うるさい。


「はぁ、おい。いちゃつくのはいいが、俺達を忘れるな」


 アマリアが俺を睨んでくる、邪魔をするなと目で訴えてきている。

 久しぶりにいちゃつくことが出来たからといって、ここでずっとその調子だとこっちが困るんだよ、諦めろ。


 というか、早くここから帰りたい。

 眠いし、体が重たい。俺、今なら目を閉じるだけで一瞬のうちに夢の中に入る事が出来るぞ。


「ひとまず、早く俺達を帰らせてくれ。ここから一瞬でオスクリタ海底に送ってくれ」


 俺の言葉に、アマリアがやっと動き出してくれた。


 フェアズに手を伸ばし、立たせてあげている。

 いや、まぁ。そこはいいわ、俺の関係ない所でなら思う存分いちゃついてくれ。


 やれやれ、グレールの肩を借りながら帰りますか。


「――――ん?」

「どうしたの、知里」

「いや…………」


 なんか、体に何かが刺さるというか、誰かに見られているような感覚がするんだが、気のせいか?


 んー。微かな視線だし、気にし過ぎなのかもしれないな。

 今まで味わったことがない死闘をさっきまで繰り広げていたのだから、体が敏感になっているのかもしれない。


「何でもない、急ごう」

「あ、あぁ」


 再度、帰ろうと俺達は全員、歩き出した。



 ──────刹那



 パンッ!!



 っ、発砲音……? 

 後ろ、誰かが、撃たれた?


 咄嗟に振り向くと、目に映ったのは鮮血と、驚愕の表情を浮かべ倒れるフェアズ。

 そんな彼女に手を伸ばし、抱き留めようとしているアマリアだった。


 っ、まずい! 次に狙われるのはアマリアだ!!



 パンッ!!



 聞こえる発砲音。咄嗟にアマリアを抱きかかえ横に跳ぶが、腕に弾が掠ってしまった。



 ドサッ



 地面にアマリアと共に倒れ込む。

 リヒトが駆け寄り、アルカとグレールは警戒態勢を作り出した。


 腕の痛みに耐えながら体を起こすと、アマリアも一緒に起き上がる。


「何が起きたんだ…………」


 何処から狙われたのか、何故狙われたのか。

 疑問が頭の中を占める中、アマリアはただ一つに手を伸ばし続けていた。


「フェアズ…………」


 地面に、血を流し倒れているフェアズ。

 俺もアマリアと同じく近づくと、胸から血が流れでていた。


 心臓部分を、撃ち抜かれたのか。

 体はピクリとも動かない、即死らしい。


 アマリアはフェアズの身体を抱きかかえ、何度も名前を呼んでいる。

 何度も、返事が返ってこないことが分かっても。何度でもフェアズの名前を呼んでいる。


「フェアズ、なんで。ねぇ、起きてよ。悪かったよ。これから、もっと素直になるから。もっと、もっとさ……。お願いだから、起きてよ…………」


 声が震えている、涙は流していない。

 いっそ、泣けた方が楽なのかもしれないと思うくらい、今のアマリアは見ているだけでも辛くなる。


「…………アルカ、グレール。周りに気配は?」

「今はありません。…………いえ、もしかしたら感じられない程小さいのか、気配を消すのが上手いのか。今の私では、これ以上の事は言えません」

「そうか、ありがとう」


 今のは、確実に管理者である二人の排除を狙うものだった。

 ちっ、アマリアとフェアズの口止めか。


 おそらく、アマリア達が管理者達を裏切り、俺達に情報を漏らす事を恐れたのだろう。だから、口止めした。


 気配を探ろうにも、グレールと同じく何も感じない。

 さっきの微かな気配、あれがそうだったのか? 


 俺達に気づかれないように距離を測っていたとしても、管理者の二人ですら欺くなんて。

 そのような魔法を使える管理者がいるのだろうか。


 気配を完全に消す魔法とかを扱える管理者。いてもおかしくはないだろう。


「アマリア様…………」


 っ、そうだ。

 今は、消えた気配を探っても意味はない。


 アマリアを見ると、今はもう名前を呼んではいない。

 ただただ、冷たくなるフェアズの身体を抱きしめている。


「…………アマリア、今なら泣いてもいいんじゃないか? 泣いた方が、まだ少し楽になるかもしれねぇぞ」

「励ましや慰めでもなく、そのようなことを言うのは君くらいだと思うよ」

「うるさいな……。なんて声をかければいいのか分かんないんだから仕方がないだろう。それより、涙で全てを洗い流すのは無理だろうが、我慢するよりはましなんじゃないか?」

「そうだね、涙と共に胸の中に渦巻く憎悪を流す事が出来たらいいよね。でも、僕は自分の欲の為に罪を沢山犯した。洗い流すなんて甘え、許される訳がないし、流すことなど出来はしない」


 確かに、アマリアは管理者として今まで様々な事をしてきただろう。

 フェアズとの話を聞いていた限り、大量殺人もしているみたいだし。


「なぁ、アマリアはこれからどうするんだ? 管理者としてはもう動くことは出来ないだろう」

「そうだね、戻れば確実に命の代わりになっている魔石を取られる。でも、もうこの体も長くはない。このままフェアズと共にいようかな」

「え、体が長くない? どういうことだ?」

「僕の身体は、ある方の魔力によって動いていた、いわば人形なんだよ。だから、魔力の供給がなくなればこの体は動かす事すら出来ず、知能もなくなる。生きていることが出来なくなるんだ」


 人形、か。


 今すぐに殺す事が出来なかったのだから、アマリアの言う通り魔力の供給をやめて時間をかけて殺すだろう。

 俺達に情報が渡るのはもう仕方がないと思っているのか、それともアマリアにはばらされても困るような情報を渡していないのか。


 どちらにしろ、今ここでアマリアを失うのは俺的にもおしい。

 管理者としてじゃなくても、アマリアの冷静な性格や頭脳。

 なにより、を持っているアマリアを、ここで失わせるのは、俺的には嫌だ。

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