第121話 繋ぐ魔法、結構いいかもしれない

「アマリア、罪を償いたくないか? 命を絶つ以外の方法で」

「それはどういう事? 僕の身体はもう魔力の供給がなくなる、物理的に生きていく事が出来ないんだよ?」

「それって、言い換えれば魔力を供給されれば生きる事が出来るという事だよな」


 アマリアの前に移動して目を合わせると、迷っているのかすぐに逸らされてしまった。

 フェアズを見下ろし、優しく撫でている。


「…………僕は、君が思っている以上に人を殺してきた、罪を犯してきた。それでも、フェアズを守る事が出来るのならと諦め、深く考えることはしなくなった。それなのに、全てを賭けて守ると決めた人を結局守れず、僕はただただ意味もなく人を殺し続けた殺人兵器という結果を残してしまった。そんな僕が一人残っても意味は無い。それに、フェアズを一人にもしたくはない」


 …………そうだよな。

 俺でも同じ立場なのなら、同じことを考えているかもしれない。


 これ以上の事を言えずにいると、何が起きたのか。

 アマリアの腕の中で目を閉じていたフェアズの瞼が、ほんの少しだけ開いた。


「っ、フェアズ!?」


 目を覚ましたのか……? 

 でも、胸はさっきの弾丸で貫かれ、魔石は粉々。微かな魔力に反応して目を覚ましたということか?


「ア、マリア…………」

「フェアズ、大丈夫、大丈夫だよ。僕ももう少しでそっちに行くつもり。ずっと、一緒だよ」

「…………だ、め。アマリアは、い、きて…………」


 っ、生きて、そう言ってたのか?

 か細すぎて耳を澄まさなければ聞き取れない。でも、アマリアにはしっかりと届いたらしい。


「なんで、なんで? やっぱり、フェアズは僕の事が嫌いなの? だから、一緒に居たくない?」

「好き。好き、だから。い、きて、ほしい。ほん、とうの幸せを、感じで、ほしいの。優しい、私の、愛しの……」


 それだけを言い残し、フェアズの魔石に残った微かな魔力は底をついた。

 深緑色の瞳は瞼により閉じられ、今度こそ動かなくなった。


 "好きだから生きてほしい、本当の幸せを感じてほしい"


 これが、フェアズの本当の想いなんだろう。

 彼女の言葉は、閉ざされたアマリアの心にしっかりと届いたのだろうか。


 彼を見ると、今だフェアズを見下ろし顔を俯かせている。

 何も言えない俺に、アマリアが顔を上げず問いかけてきた。


「知里、僕に幸せを感じる資格なんてない。でも、僕が生きていることにより、僕と同じ気持ちになる人は少なくなるのかな」

「…………さぁな、そんなもん俺に聞くな」

「そ、うだよね。ごめん……」


 俺に聞かれても困る。困るが…………。


「聞かれても困るが……そうだな。俺が言えるのは、お前が生きているでは何も変わらないということ。お前のように悲しむ人は、消えない。お前が、今のお前と同じ気持ちを他人に味合わせたくないのなら、努力しろ。生きているだけではなく、行動しろ、考えろ。そうすれば、もしかしたら減るかもしれねぇ。お前のように、愛している人を失う人は、少なくなるかもしれねぇ」


 言い切ると、アマリアは目を大きく開き見上げてきた。

 腕を組み、アマリアを見下ろしていると、目を逸らし目を閉じ眠っているように見えるフェアズを見た。


 頬にかかっている髪を払い、目を細める。


「…………フェアズ、ごめんね。僕は、もう少し頑張ってみるよ。君と、僕が経験した地獄を、これからの人に味合わせないように努力してみるよ。だから、待っていてくれ」


 アマリアは、最後と言うようにフェアズの額にキスを落とした。


 人を愛するのは辛いと耳にしたことはある。だが、今のアマリアが辛いようには、俺には見えない。


 愛おしい人が失って辛いだろう、今までの努力が無駄になって苦しいだろう。

 でも、なんでだろうか、今のアマリアが可哀想とは思えない。

 優し気に細められている瞳も、笑みを浮かべている口元も。


 今のアマリアの表情は、愛おしい人にしか見せないもの。

 他の誰にも向ける事はない、そんな表情だ。



 俺も、向けられてみたかった。

 愛おしいと、俺を求めてほしかった。



 …………今更、何を考えているんだろう。

 俺にはもう、家族はいない。親はいない、友人も、いないんだ。


 最初から、親と呼べるものなんて存在しなかったけど。


「それじゃ、アマリア。生きる覚悟は出来たか?」

「うん、出来たよ。でも、どうやるつもりなの?」

「こいつを使う」


 俺の肩でへばっているリンクを掴み、アマリアに見せた。


「精霊?」

「そう、こいつの空間魔法で、俺の魔力をアマリアと繋ぎ、魔力を供給し続ける。そうすれば、お前の身体は問題なくこれからも動かす事が出来るんだろ? 他の管理者との繋がりもおそらく切れているだろうし、問題は無い」

「でも、どうやって繋ぐつもり? まさか、鎖なんてことないよね?」

「お前の首に鎖を巻いて散歩をするなんて趣味、俺は持っていねぇから安心しろ」

「そこまで言ってない…………」

「繋げ方は、お前の心臓代わりに使われていた魔石を利用しようと考えている」


 アマリアの左胸を差しながら言うと、一瞬驚いたように微かに目を開いたが、すぐに納得してくれたらしい。フェアズを優しく地面に下ろした。


「わかった。今すぐやるつもり? 精霊は疲れ切っているみたいだけど」

「たたき起こすから問題ない。今やらんと手遅れになる可能性があるしな」

「ごめん…………」

「謝罪より金をくれ」


 俺がリンクの頬を掴み起こしていると、何故かアマリアが噴き出した――噴き出した?

 なぜ? 今の会話、笑うところあったか?


「君は、本当に変わらないね」

「人間がそう簡単に変われてたまるか」


 なに笑ってんだよ、この野郎。

 意味が分からん。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る