第106話 風のように来て風のように去って行くんじゃねぇよこのやろう

 上から黒いローブを身に纏った男女が二人。

 ゆっくりと俺達の方へ近づいて来る。


 なんで、なんで、今。ここに来るんだ? 

 なぜ、壁を壊してまで、無理やり侵入してきた。


「見つけたわよ、鏡谷知里」

「なぜ、ここまで来たんだよ。アマリアに、フェアズ!!」


 名前を呼ぶのと同時に、二人は顔を隠していたフードを取った。


 フェアズは笑みを浮かべ、アマリアはいつもの無表情のまま、俺達を見下ろしてくる。


「乱暴な真似をしたことは謝るわ、ごめんなさいね。オスクリタ海底を壊すつもりはないから安心して?」


 フェアズが言うように、穴が空いたところから水が入ってくるかと思いきや、何故か入ってこない。

 目視出来ない壁が張られているのか、フェアズが水を操っているのか。


 どういう訳かわからないが、今はどうでもいい。

 それより、なんであいつらがここまで来たのかを確認しなければならない。


 一番の目的は、確実に俺のはず。

 まさか、ここで俺を殺そうとしているのか? 

 そうだとするのなら、他の人達を無駄に巻き込む形となってしまう。


 周りを見ると、修練場にいたからか。周りはほとんどが戦闘慣れをしている冒険者。

 一般人はちらほらいる程度。すぐに避難はできるだろう。


 周りを確認していると、フェアズが笑みを浮かべ、右手を上に振り上げた。

 何か来る!!


 そう思ったのもつかの間、地面が急に大きく揺れ始めた。


「地震!?」


 グレールはロゼ姫を守るように抱きしめ、アルカはリヒトの近くに移動。

 他の冒険者達も各々動き、その場から駆けだした。


「あらあら、阿鼻叫喚とは、まさにこのような光景な事を指すのかしら。面白いわね」

「フェアズ、無駄に魔力を使う事はないよ。早く、目標を連れて行こう」

「わかっているわよ。まったく…………」


 アマリアとフェアズが少しだけ会話を交わすと、目線をだけを泳がせる。

 何を探しているんだ? 俺、ではないのか?


「目的の人物は――あら、見つけたわ」


 一体、誰を──……


「最終目標は知里、貴方なのだけれど。今回は違うわ。この二人よ、herbes fouetエルブ・フウェ


 魔法を唱えると、俺の背後から大きな音が聞こえたため振り返ると、木の弦が地面から大量に伸びていた。


「な、なんだよこれ!?」


 触手のようにうようよ動いていて気持ちが悪い。だが、見たところ普通の木の蔓。flameフレイムで簡単に燃やすことができるだろう!


 俺が魔導書を開くと、フェアズはマイペースな口調で俺を止めてきた。


「炎魔法で燃やそうと考えていると思うけれど、やめておいた方がいいわよ?」

「はぁ? なんでっ―――?」


 そういえば、俺の後ろにいたアルカとリヒトはどこ行った?

 周りを見回してみても、グレールとロゼ姫しかいない。


「目標、確保。簡単に手に入れる事が出来て嬉しいわ」


 声につられフェアズの方を向くと、蔓に捕まり、身動きを封じられているアルカとリヒトがい……る?


「なんで、アルカとリヒトが捕まっているんだ……?」


 気を失っているアルカとリヒトが、フェアズの拘束魔法により捕まっている。

 蔓を燃やしてしまうと、アルカとリヒトにも被害が出る。


「おい!! そいつらを返しやがれ!!」

「それは難しい相談ね。私達がわざわざここまで来た意味がなくなってしまうわ」

「おめぇらの狙いは俺だろうが! そいつらは関係ねぇ、早く拘束を解除しろ!」

「それは無理よ、諦めて。もし返してほしかったら、明日までに地上にある熱帯森林、プルウィアにおいで。待っているわ」

「っ、待ちやがれ!!!」


 flameフレイムを右手に集め、空中にいる二人に放つ。

 だが、簡単に避けられ二人は水に包まれ姿を消してしまった。


 アルカとリヒトを連れて──……


 なんだよ、なんなんだよ。なんで、こんなことに。

 俺を狙っているのなら、何故アルカとリヒトを狙うんだ。

 ふざけるな、あいつらに罪はないだろう。


「っ、チサトさん……。あの、怒るのはわかります。大事な仲間が連れ去られてしまい、感情的になってしまうのも、わかります。ですが、魔力を………」

「っ、…………」


 ロゼ姫の言葉で、大量の魔力を無意識に出してしまっていたことに気づいた。


「…………すまなかった」


 すぐに魔力を抑え、怒りを落ち着かせる。


 見上げると、オスクリタ海底の人達が魔法で透明の壁を修復している姿が目に映った。


 まいった。予想外な出来事に感情ばかりが先行し、頭で考える事が出来なかった。

 くそ、まさか。管理者がここに来るなんて思ってもみなかった。


 何か前ぶりでもあったか? いや、考えたところで時間の無駄だ。

 今回の事は、俺の失態。焦りすぎて状況判断が出来ず、いいようにやられちまった。


 …………そういや、フェアズは言っていたな。

 ”明日までに地上にある熱帯森林、プルウィアにおいで”と。


 つまり、アルカとリヒトは俺をおびき出すための人質。

 人質にあいつらを使っているのなら、すぐには殺さないだろう。

 殺しちまったら、人質の意味を成さん。


 息を思いっきり吐き、後ろにいるロゼ姫とグレールに振り向いた。


「頼む、教えてくれ。熱帯森林、プルウィアって、どこにある?」

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