第105話 危機的状況って、何でこうも前触れもなく現れるんだ

 また今日も、グレールと模擬戦。


 魔導書を開き、fistflameフィスト・フレイムを発動させ、拳に炎を纏わせた。


 昨日の感覚が体に残ってくれていた。

 魔力が無駄に散っておらず、一つに集中されている。


 よし、俺もまだまだ若いという事だな。

 二十八はまだまだ若い、いつぎっくり腰になるかわからない恐怖を日々抱えながら生きているが、まだまだ若いぞ。


 目の前に立つグレールを見据え、拳を構える。

 相手も剣を構え、お互い見合った。


 昨日は一発取れたが、あれは偶然に過ぎない。

 何故かあの時、炎が激しく燃え広がったんだよな。氷の剣も溶かすほどの魔力を使いこなす事が出来ていた。


 あの感覚を思い出せ、今以上に魔力のコントロールをするんだ。


「すぅ~、はぁ~」


 深呼吸をし、グレールを改めて見る。

 あいつは突きのポーズ、動きが速いし懐に入られるとこっちがやられちまう。


「行きますよ」

「来い」


 言葉を交わした瞬間、眼前には剣先。

 首を横に傾けギリギリ回避、伸ばされているグレールの手を掴みひねりあげた。

 抗うことなくグレールの身体は宙を舞い無防備、炎の拳で顔面をぶん殴る。


「ちっ!」


 体を空中で捻り、俺の後ろに着地された。

 思わず舌打ちを零していると、すぐさま体勢を作り直され、下から刃を上にし振り上げられる。


 バックステップでは避けられない。

 炎を腕まで纏わせ刃を受け止め、逆に右足を蹴り上げた。


 相手はバックステップで回避し、俺とは距離が離れる。


 集中力を一瞬でも切らせば、あいつの刃が俺の身体を切り裂く。

 体力、集中力が切れた方の負け。息を整え、再度グレールを見て駆けだす。


 拳を振るい、剣で受け止められ。カウンターをされたため、体を傾けたり、受け止めたりと。すべてを回避。


 お互い一切引かない攻防。

 負けたくもないし、絶対に集中力を切らしてなるものか。


 攻防を繰り広げていると、今まで静かにしていた精霊が動き出しっ────え?


『主様! お助けします!!』

「っんえ!? ちょっ! やめろ! スピリト!!」

「っ!?」


 スピリトが炎の息を吐き、俺の近くにいたグレールに当たってしまった。


「大丈夫かグレール!!」


 暴れるスピリトを掴み口を塞ぎながら、煙の中でにいるグレールを呼ぶか、咳の音以外聞こえない。マジで大丈夫か!?


 時間が経つと煙が晴れ、地面に片膝を突いているグレールを発見。

 見たところ、火傷などはしていないみたいだ。


「大丈夫か?」

「ごほっ、げほっ! は、はい。さすがに驚きましたが、何とかシールドを張る事が出来たため、怪我などはありませんよ」


 近くまで行くと、グレールの座っている地面が濡れていた。

 氷のシールドだなこれ。炎により溶けて地面を濡らしたという事か。

 精霊の炎だもんな、普通に溶けるわ。


「スピリト、てめぇ…………」

『ご、ごめんなしゃい…………。なにやら、嫌な気配を感じたので。この人なのかなって……』

「ん? 嫌な気配?」


 スピリトを睨むと、涙を流しながら謝ってきた。

 それはいいが、嫌な気配?


 そんなもん、俺は感じていないんだが……。


「精霊……。貴方、精霊持ちだったのですか?」

「ん? あぁ、そういや、精霊って希少なんだっけか」

「希少…………と、言いますか。今まで見た事ありませんよ。御伽噺だけの存在だと思っていました」


 そこまで言う程に、ここでは珍しいのか?

 いつも無表情だったグレールが珍しく、なんか、楽しそうな表情を浮かべている。

 笑っているわけではないんだけど、放っている空気が楽しそうに見えるなぁ。


「あ、ロゼ姫達がシールドを叩いているぞ、ほっといて大丈夫なのか?」

「いえ、大丈夫ではありません。今、シールドを解除しますね」

「ほーい」


 今日の模擬戦はスピリトのせいでここまでだなぁ。

 

 それにしても、嫌な気配……か。

 勘違いするほどグレールの気配が濃かったのか? 

 だか、そうだとすると俺も嫌な気配とやらを感じることが出来るはず……。


 考えながら外に出ると、ロゼ姫が目を輝かせて近づいて来た。


 俺の手に握られているスピリトをキラキラした顔で見たかと思うと、今度は顔を上げ俺を見てきやがった。な、なんだ?


「こ、この子は、名はなんと言うのですか?」

「スピリト」

「スピリトさん! あぁ、可愛い。かわいらしいです。リヒトさんもかわいらしい方ですが、なぜこのように小さい女性は可愛いのでしょうか。これは、私、我慢ができませんよ」


 ん? なんだ? 

 今までのロゼ姫からは想像すら出来ない表情を浮かべている。

 涎までもたらし、獲物を狙っているような瞳でスピリトを見ている。


 流石にこの視線は危ないように感じるんだけど。

 後ろにいるリヒトは、小さい女性と言われてしまったからなのか、何故か落ち込んでいるし。


 何この空気、どうすればいいんだよ。


「えっと、何がどうなっているのかわからないが、スピリトがびびってっから離れてくれると助かる」

「あ、す、すいません。こんな、下品な事をしてしまって…………」

「確かに下品ではあったな。どうしたんだ?」


 おっと、俺が素直に言うとグレールから殺気が……。

 すぐにロゼ姫が抑えてくれたおかげで、シールドなしの模擬戦が始まらなくて済んだ。


「私、可愛い女性を見ると、どうしても下品な顔を浮かべてしまうみたいです。私はいつもと同じ顔を浮かべているつもりなのですが、周りの方にいつも下品だと言われるのですよ」

「え、あれが、無意識? あの興奮が、無意識なの?」


 流石に、その説明には無理があるだろう。


 俺が呆れていると、スピリトだけでなく、リンクまで姿を現した。


『主、何かが近いて来ているような気がするわ。なにか、とてつもなく大きな、何かが…………』

「何か?」


 ロゼ姫がまたしても興奮して涎を垂らしているが、それはグレールが止めているから無視していいな。

 それより、リンクの言葉の方が気になる。


 大きなものが近づいて来ている? 気配を探るが全く感じない。

 もしかして、スピリトがさっき言っていた、嫌な気配をリンクも感じとったということだろうか。


「リンク、それはどこから来ているんだ?」


 俺が聞くと、指されたのは上。つまり、地上。


 上を向くと、海の中に、微かに影が見える。

 なんだ、白い何かが向かって来てる?


「――――――っ!? ロゼ姫!! 今すぐこの世界を囲っている白い壁を強化とか出来ないか!?」


 俺が叫ぶが、遅かった。


 、黒いローブを身に纏った二人組の侵入を許してしまった。



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